* 佐々木稔 説教全集 *   

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   ローマ書講解説教 - 佐々木稔

Shalom Mission 

  01-1.ローマ 1:1-7. 最高のよき知らせ

  01-2.ローマ 1:8-17. どのように.救われる

  01-3.ローマ 1:18-32. 旧約史..異邦人の罪

  02-1.ローマ 2:1-16. 公平な神ローマ

  02-2.ローマ 2:17-29. 救いを必要..罪人教

  03-1.ローマ 3:1-8. ユダヤ人.. 反論教

  03-2.ローマ 3:9-20. 人は皆罪の下にある 

  03-3.ローマ 3:21-31. 信仰の義による救い

  04-1.ローマ 4:1-12. 旧約時代の信仰義認

  05-1.ローマ 5:1-11. 信仰義認の豊かな実

  05-2.ローマ 5:12-21. 恵みの勝利

  06-1.ローマ 6:1-14. 罪に死に,神に生きる

  06-2.ローマ 6;5-23. 罪の奴隷と義の奴隷

  07-1.ローマ 7:1-6. 律法からの解放

  07-2.ローマ 7:7-13. 律法...善いもの

  07-3.ローマ 7:13-25. 古い罪.. との戦い

  08-1.ローマ 8:1-11. 聖霊による歩み

  08-2.ローマ 8:12-17. 神の子とされる恵み

  08-3.ローマ 8:18-25. 栄光を受ける約束

  08-4.ローマ 8:26-30. 万事が共に働く人生

  08-5.ローマ 8:31-39. 信仰の勝利

  09-1.ローマ 9:1-18. 神の救いの御計画

  09-2.ローマ 9:19-29. 救い..憐れみによる

  09-3.ローマ 9:30-10:4. 講解説教

  10-1.ローマ 10:5-13. 近くにある救い

  10-2.ローマ 10:14-21. 福音.従順に信ずる

  11-1.ローマ 11:1-10. イスラエルの救い

  11-2.ローマ 11:11-24. イスラエルの回復 

  11-3.ローマ 11:25-36. 神の救.御計画

  12-1.ローマ 12:1-8. 信徒の生活

  12-2.ローマ 12:9-21. 愛の実践 

  13-1.ローマ 13:1-7. 信者と国家の関係

  13-2.ローマ 13:8-14. 光の武具を身に...

  14-1.ローマ 14:1-12. 裁いてはならない

  14-2.ローマ 14:13-23. 罪に誘っては..

  15-1.ローマ 15:1-13. お互いに受け入合う

  15-2.ローマ 15:14-21. 異邦人の祭司パウロ

  15-3.ローマ 15:22-33. パウロの伝道

  16-1.ローマ 16:1-16. ローマ教会を支えた..

  16-2.ローマ 16:17-27. 秘められた計画


「西の果てまでのパウロの伝道」

ローマ書15章22節―33節

 

  15:22 こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。15:23 しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、15:24 イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。途中であなたがたに会い、まず、しばらくの間でも、あなたがたと共にいる喜びを味わってから、イスパニアへ向けて送り出してもらいたいのです。15:25 しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。15:26 マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。15:27 彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。15:28 それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。15:29 そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。

 15:30 兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、15:31 わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように、15:32 こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように。15:33 平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。

 

はじめに

 

 わたしたちは、クリスマスを目指して歩んでいますが、今日も、わたしたちは、聖書が教える今生きて豊かな祝福の御わざをしてくださる真の神を心から礼拝したいと思います。

 

 さて、それで、わたしたちは、主の日の礼拝においては、紀元56年頃キリスト教の伝道者、使徒パウロが書いたローマの信徒への手紙を学んできましたが、終わりに近づいてきました。

 

 さて、では、ローマの信徒への手紙も終わりに近づきましたが、今日のところは、どんなところでしょう。すると、1世紀のローマ帝国が支配する地中海世界の西の果てと考えられていたスペインにまで、福音を宣べ伝えることを、パウロが強く願っていたことが語られているところです。

 

 すなわち、パウロは、それまで、すでに1世紀のローマ帝国が支配する地中海世界のほぼ東半分の驚くべき広範囲にわたり、旧約歴史のない異邦人に福音を宣べ伝えてきましたが、それで伝道はもう終わりというのではなく、さらに今度は未開拓の1世紀の地中海世界の西の果てのイスパニア、すなわち、今日のスペインにまで福音を宣べ伝えることをとても強く願っていたのです。

 

 そこで、今日のところを学び、今日のわたしたちもキリストによる救いの素晴らしい福音が、すべての人に宣べ伝えられるように祈り、少しでも伝道の努力や工夫や知恵を尽くしていきたと思います。

 

1.パウロは、世界の西の果てのスペイン伝道を切望していた

 

 さて、それで、まず、わたしたちは、1世紀のローマ帝国が支配する地中海世界の西の果てと考えられたイスパニア、すなわち、今日のスペインにまで、福音を宣べ伝えたいというパウロの心からの願いは、どのような計画に基づいていたのかから見ていきましょう。

 

 すると、パウロのスペイン伝道は、実は、3段階で計画されていました。第1段階は、まずギリシアの異邦人諸教会から集めた募金、援助金、すなわち、献金を貧しいエルサレム教会に無事にパウロが届けることです。

 

 次いで第2段階として、ギリシアの異邦人諸教会からの献金を無事にエルサレム教会に届けた後、パウロがローマの教会を訪問し、しばらく滞在し、ローマの教会の信徒たちとまじわりをし、ローマ教会からスペイン伝道へ送り出す準備をしてもらうことです。

 

 そして、第3段階として、ローマの教会の祈りとまじわりに支えられ、いよいよスペイン伝道に、実際にパウロが送り出されることです。

 

 こうして、パウロのスペイン伝道は、3段階で計画されていました。そして、パウロのスペイン伝道は、一時の思いつきでなく、前々からの強い願いでした。それゆえ、パウロは、これまでにも、ローマの教会を訪れ、ローマの教会でよいまじわりを持ち、ローマの教会からスペイン伝道へ送り出されることを望んでいたのです。でも、これまでは、まだその時期ではなかったのです。

 

ところが、今や、ローマ帝国が支配する地中海世界のほぼ東半分の異邦人への伝道が終わり、ようやく、スペイン伝道の可能性が開けてきたので、パウロは喜び、生き生きと希望で胸を膨らませ、スペイン伝道を力強く表明しています。22節から24節がそうです。

 

 22節に、「あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました」とありますが、パウロは、これまでにも、1世紀の地中海世界の中心地にあるローマの教会を訪ねようとしたことが何度もありましたが、その都度、実現しなかったことを表しています。

 

 では、どうして、パウロは、これまで、ローマの教会を一度ならず、何度も訪ねようとしたのでしょう。すると、それは、1世紀の地中海世界の中心地にあるローマの教会を訪ね、ローマの教会の信徒たちと顔と顔を合わせてまじわりを深め、ローマの教会からスペイン伝道へ送り出してもらうことを強く望んでいたからです。

 

 しかし、これまでは、その願いはあっても、地中海世界のほぼ東半分の異邦人伝道、すなわち、少し前の15章19節で言われていますように、「エルサレムからイリリコン州まで」の伝道のため、スペイン伝道は不可能でした。ところが、今や、その地中海世界のほぼ東半分の異邦人伝道が終わり、状況が変わってきたのです。

 

 23節を見ますと、「しかし今は、もうこの地方には働く場所がなく」と言われていますが、これは、パウロのこれまでの約20年間にわたる地中海世界のほぼ東半分の地域、すなわち、エルサレムからイリリコン州までの伝道が終わったことを表しています。

 

 そこで、パウロは、いよいよ念願のスペイン伝道を実現するために、1世紀の地中海世界の中心地にあるローマの教会で、スペイン伝道の準備をし、ローマの教会からスペイン伝道へ送り出してもらいたい旨を表明しました。

 

 24節前半に、「イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います」とあります。また、24節後半に、「イスパニアに向けて送り出してもらいたいのです」とあります。さらに、少し飛んで、28節にも、「あなたがたのところを経て、イスパニアに行きます」とありまして、「イスパニア」が、合わせて、3回も出てきますが、イスパニアというのは、今日のスペインのことです。そして、イスパニア、すなわち、スペインは、当時、1世紀の地中海世界の西の果てと考えられていました。

 

 しかし、パウロは、1世紀の地中海世界の西の果てと考えられていた未開拓のイスパニア、すなわち、スペインにまで、福音を宣べ伝えることをとても強く願っていました。そのため、パウロは、いきなり、スペインに行くのではなく、大事な中継地点となるローマの教会を訪れ、ローマの教会の信徒たちと直接顔と顔を合わせて、しばらくの間、まじわりを深め、主にあって罪赦され、救われていることが、どんなに素晴らしいか、その霊的喜びの深さを共に十分味わい、その傍ら、ローマの教会に、スペイン伝道を理解してもらって、ローマの教会から送り出してもらうかたちで、イスパニアに行くことを、パウロは望み、計画していたのです。

 

 24節に、「イスパニアへ向けて送り出してもらいたいのです」とありますが、これは、ローマの教会が、パウロ先生、スペイン伝道、頑張ってくださいと、言葉だけで送り出すというのではなく、ローマの教会がパウロのスペイン伝道を祈りとまじわりで支えることを意味しています。すなわち、ローマからスペインまで長い旅をしていくのです。そのためには、いろいろな準備が必要であったでしょう。

 考えてみますと、パウロは、このとき、50代半ばであったと思われます。そして、今から2千年前の50代半ばというのは、人生が落ち着く年代であったと思われます。しかし、ところが、パウロは、さらに、これから、いよいよ念願の霊的に未開拓の地中海世界の西の果てのスペイン伝道に新たに出て行くというのですから、パウロの尽きることを知らない熱心な伝道精神には、本当に驚くばかりです。

 

では、どうして、パウロは、なお、これからも地中海世界の西の果ての霊的荒廃の地のスペイン伝道に行きたいと強く願ったのでしょう。それは、パウロ自身が、テモテへの手紙2章4節で書いていますように、「神は、すべての人が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」ということを、魂の最も深いところで揺るぎなく確信していたからに相違ありません。

 

それゆえ、わたしたちも、「神は、すべての人が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」という神の御心を今の時代に、しっかり確信し、少しでも、伝道の働きを前に進めていきたいと思います。

 

2.ギリシア地区の異邦人諸教会が集めた献金をエルサレム教会へ届ける任務

 

 さて、そのように、パウロは、念願のスペイン伝道の可能性が大きく開けてきたことを悟り、ローマの教会を訪れ、ローマの教会からスペイン伝道に送り出してもらいたい旨を表明しました。しかし、パウロは、その前に、ひとつの大事な任務を、どうしても果たさなければなりません。

 

 では、その任務とは何でしょう。すると、それは、パウロの呼びかけにより、貧しい信徒が多くいたエルサレム教会を助けるため、ギリシア地区の異邦人諸教会が集めた募金、すなわち、献金をパウロがエルサレム教会へ、援助金として届けることでした。25節から29節がそうです。

 

 25節を見ますと、「しかし、今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます」とあります。「聖なる者たち」とは、いわゆる、聖徒たちのこと、さらに、分かり易く言えば、信徒たち、信者たち、クリスチャンたちの別の言い方です。信徒たち、信者たち、クリスチャンたちは、聖霊によって罪からきよめられ、神に聖別されているので、聖なる者たちと呼ばれますが、パウロは、エルサレム教会の信者たちに仕えるために、エルサレムへ行くことを語っています。

 

では、どうして、このとき、第3回目の伝道旅行中で、ギリシア南部のコリントの町にいたパウロが、これからエルサレム教会へ行くのでしょう。すると、それは、ギリシア地区の異邦人諸教会からの募金、すなわち、献金を貧しいエルサレム教会へ、援助金として責任を持って届けるためです。

 

 26節に、「マケドニア州とアカイヤ州の人々」とありますが、この言い方で、今日のギリシア地区の異邦人諸教会の信徒たちを表します。「マケドニア州」とは、今日のギリシアの北部地方になりまして、この地方には、フィリピ教会やテサロニケ教会などの異邦人教会がありました。また、「アカイヤ州」とは、今日のギリシアの南部地方で、この地方にはコリント教会やケンクレアイ教会などの異邦人教会がありました。

 

 そして、これらの異邦人諸教会はパウロの呼びかけに応じ、貧しい信徒が多くいたエルサレム教会を助けるための募金、援助に、喜んで同意し、積極的に自発的に献金を集めてパウロに託したのです。

 

 そのため、パウロは、これからエルサレムへ行こうとしていたのですが、特にわたしたちが、ここで注目すべきことは、教会は、1世紀の教会から、弱い教会を他の教会が献金で、喜んで援助し、支えるという驚くべき助け合いをしていたという歴史的事実です。

 

 この献金は、パウロの呼びかけによって始まったものです。エルサレム教会には、貧しい信徒たちが多くいたことを知っていたパウロは、ギリシア地区の異邦人教会に対し、貧しいエルサレム教会の信徒たちを助けるための募金を訴えました。エルサレム教会は、貧しい信徒たちが多くいたため、持ち物を共有し、財産や持ち物を売り、おのおのその必要に応じ、皆が分け合ったり、あるいは、さらに、エルサレム教会には、働き手の夫を亡くした貧しいやめたちたちが多くいたため、教会が彼女たちの食事の世話を行っていたことが、使徒言行録2章や6章に記されているほどでした。

 

また、その後、エルサレム教会では、ステファノというエルサレム教会の執事の職務をしていた人物が、不当にも、ユダヤ人の怒りを買い、石打ちにされ、殉教の死を遂げました。また、そのことがきっかけとなり、エルサレム教会に対し、大迫害が起こり、多くの信徒たちは、エルサレムからユダヤ地方その他に避難しました。そのため、エルサレムに残った信徒たちとユダヤ地方その他に避難した信徒たちの生活は、さらに苦しい状況に置かれたと考えられます。また、さらに追い討ちをかけるように、エルサレムをはじめユダヤ地方を含む広い範囲に、飢饉が生じました。

 

そこで、ある聖書注解者は、「エルサレムをはじめユダヤ地方のキリスト者たちの多くは、迫害と飢饉のためにその日の生活にも事欠くようになった」と言っているほどです。そのため、パウロは、エルサレム教会の多くの貧しい信徒たちを援助するため、ギリシアの異邦人の諸教会へ募金、すなわち、献金を呼びかけたところ、ギリシアの異邦人諸教会は、キリストにある一つの愛のまじわりの実現として、喜んで同意し、進んで自発的に献金をしたのです。

 

26節に、「貧しい人々を援助する」とありますが、この「援助する」という言葉は、とても意義深い言葉が意識的に使われています。もともと、「まじわり」という意味の言葉が、使われているのです。ギリシア語では、コイノニアという言葉で、このコイノニア、まじわりという言葉は、日本のクリスチャンの間でも、今は、一般的に使われているでしょう。何々コイノニア教会というふうに教会の名前にもつけるほど、一般的に使われるでしょう。そして、コイノニアというのは、まじわり、キリストにある愛のまじわりを意味します。

 

ですから、その意味を入れますと、「貧しい人々を援助する」ということは、「貧しい人々とまじわりをする」という意味になります。すなわち、貧しいエルサレム教会の信徒とキリストにある一つの愛のまじわりをすることは、この場合には、献金で援助するかたちで実現することを表しているのです。もちろん、エルサレム教会の貧しい信徒のために神に祈るのですが、神に祈ればもう終わりで、後は、困っているエルサレム教会自身に任せておくというのではなく、神に祈るとともに献金をし、援助し、助けることにおいて、主にある兄弟姉妹の一つの愛のまじわりが実現するのです。1世紀の教会の主にある愛のまじわりの姿を、ここに見ることができます。

 

 それから、26節と27節を見ますと、「喜んで同意した」という言い方が、わざわざ2回も意識的に繰り返されていますが、これは強調です。すなわち、献金は、1世紀のローマ帝国による強制的に取り立てる税金とはまったく違ち、何ら強制力を持たず、信徒がその豊かな霊的意味を十分理解し、喜んで同意し、進んで自発的に行う性質のものであることを、パウロは意識的に注意深く慎重に教えています。

 

 そして、マケドニア州の異邦人諸教会、すなわち、今日のギリシアの北部地方にあったフィリピ教会やテサロニケ教会などの異邦人教会から、また、アカイヤ州の異邦人諸教会、すなわち、今日のギリシアの南部地方にあったコリント教会やケンクレアイ教会などの異邦人教会から多くの献金が集まり、パウロが責任をもって届けることになりました。

 

 エリサレム教会の貧しい信徒を援助するため、マケドニア州の異邦人諸教会とアカイヤ州の異邦人諸教会は、コリントの信徒への手紙二の第8章を読み合せますと、彼らが力を尽くして献金したこと、否、彼ら自身決して豊かでなかったのに、彼らは力以上に、一生懸命献金したことが、感謝をもって記されています。

 

 しかし、だからと言って、彼ら異邦人諸教会の信徒たちは誇ることはできないのです。何故なら、異邦人信徒たちが受けているキリストによる素晴らしい救いは、エレサレム教会から始まったのであり、エルサレム教会から始まった救いが、マケドニア州の異邦人諸教会とアカイヤ州の異邦人諸教会にも伝えられたので、異邦人の彼らも罪から救われ、真の人生を、今喜んで歩んでいたのです。それゆえ、異邦人諸教会は、エルサレム教会に霊的な意味での義務を負っていると言えるのです。ですから、異邦人諸教会は、霊的な義務を、エルサレム教会の貧しい信徒への献金という「肉のもの」、すなわち、この世のもので返すことにおいて、霊的義務を果たすのです。

 

 27節に、「実はそうする義務もあるのです」、また、「肉のもので彼らを助ける義務があります」と、パウロは、2回も「義務」という言葉を意識的に使っていますが、これも強調です。異邦人諸教会が、エルサレムの貧しい信徒たちを献金の援助で助けることは、エルサレム教会から始まったキリストによる素晴らしい救いという霊的なものを受けたことに対して、今度は、異邦人諸教会が献金という肉的なのもの、すなわち、この世的なもので、感謝をもってお返しすることにより、エルサレム教会と異邦人諸教会が、キリストにある一つの愛のまじわりが実現することを教えているのです。

 

 わたしたちは、かつて、これに似た経験をしました。阪神淡路大震災、東北大地震、熊本地震で被災した教会や伝道所を献金で援助して助け、主にある一つの愛のまじわりを実感しました。

 

 こうして、パウロは、ローマの教会へ行く前に、自分が呼びかけたことによって集まったエルサレム教会への募金、すなわち、献金を異邦人教会からの愛の実として、責任をもって確実に届けなければなりません。これを放っておいて、ローマの教会に行くことは、パウロにはできませんでした。

 

 そこで、パウロは、自分が呼びかけた愛の実としての献金を、責任をもってエルサレム教会へ確実に届けた後、ローマの教会へ行き、さらにローマの教会からスペインに行くことを伝えたのです。

 

そして、ローマの教会へ行くときには、パウロのこれまでの伝道が神に大いに祝福され、1世紀の地中海世界のほぼ東半分の各地に、キリストの教会が幾つも成立したという大きな祝福、また、ギリシアの異邦人教会からの愛の実としての献金をエレムサレム教会に無事に届けたことにより、キリストにある一つの愛のまじわりが、本当に実現するという大きな祝福をはじめ、いろいろな祝福をあふれるほど持って、パウロはローマの教会へ行き、それらのあふれる祝福をローマの教会の信徒たちと共に分かち合いたいことを語りました。このときのパウロの心は、神の祝福があふれ出るかのようであり、一刻も早く、ローマに行きたいという思いが、わたしたちの心にも十分伝わってきます。

 

28節を見ますと、「募金の成果を確実に手渡した後」とありますが、「募金の成果」は、原語では、「この実り」という言い方です。すなわち、「この実りを確実に手渡した後」という言い方です。では、「この実り」とは、何でしょう。すると、それは、ギリシアの異邦人諸教会からの献金のことです。この献金は、エルサレム教会から流れ出た福音が異邦人に伝えられて結んだ豊かな実りであることを表しています。

 

換言すれば、エルサレム教会から始まったキリストによる救いのよき知らせである福音が、異邦人に伝えられ、異邦人が救われ、今度は、その異邦人諸教会が、福音の出所であるエルサレム教会に、献金という豊かな実りで返すことを表しています。

こうして、パウロの呼びかけよる募金、すなわち、献金を、ギリシアの異邦人諸教会の実りとして、エルサレム教会に確実に責任をもって渡せば、パウロのこれまでの働きは、一区切りがつき、いよいよこれから念願のローマの教会を訪れ、支援体制を整え、準備してもらい、晴れてイスパニヤ伝道に向けて動き出せるのです。

 

パウロのローマ行きは、それまでのパウロの人生に一区切りをつけるものでした。わたしたちの人生にも、一区切りをつけて、次のステージに進むということがあるでしょう。

 

3.パウロは、執り成しの祈りを真剣に求めました

 

 さて、それで、わたしたちは、このときのパウロの祈りに目を向けてみましょう。すると、パウロは、この手紙の宛てられているローマの教会の信徒たちに、執り成しの祈りを通し、パウロの霊的戦いに参加するように求めたのです。すなわち、パウロは、同じ主であるイエス・キリストを信仰する者として、また、聖霊が起こしてくださる主にある兄弟姉妹の愛に基づき、ローマの教会の信徒たちが執り成しの祈りにおいて、パウロの霊的戦いに参加することを求めました。30節から33節がそうです。

 

 30節前半に、「〟霊〝が与えてくださる愛」とありますが、「〟霊〝」とは、聖霊、御霊、神の霊のことです。すなわち、聖霊が、一人ひとりの信徒の心に起こしてくださる主にある兄弟姉妹としての愛に基づき、執り成しの祈りをして欲しいと、パウロは、ローマの教会の信徒たちに求めたのです。

 

 そして、30節後半には、「わたしのために、わたしと一緒に、神に熱心に祈ってください」とありますが、「熱心に」と訳された言葉は、もともとの意味は、何と、「共に戦う」という意味の言葉が使われています。びっくりします。したがって、その意味を入れますと、「わたしのために、わたしと一緒に神に、共に戦って、祈ってください」となりまして、ローマの教会の信徒たちが、執り成しの祈りをすることにより、パウロの霊的戦いに参加するように求めたことがわかります。

 

 では、パウロは、このとき、ローマの教会の信徒たちに、特に何を覚えて執り成しの祈りをして欲しいと願ったのでしょう。すると、3つの事柄を覚えて祈るように願いました。

 

第1は、パウロのエレサレム行きが、熱狂的なユダヤ教徒から守られるようにとの祈りでした。31節に、「わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ」がそうです。「不信の者たち」とは、十字架にかかったイエスさまを約束の救い主メシアとして、信仰しなかったユダヤ人たちを表しています。すなわち、律法学者やファリサイ派の流れにあるユダヤ教の人々を表します。

 

そして、彼らは、律法学者になるために、有名な律法学者のガマリエルの門下生として学んでいたにもかかわらず、キリスト教信仰に回心し、さらに、キリスト教信仰の伝道者となったパウロを裏切り者として、捕えて殺そうとたんたんと狙っていましたので、パウロは彼らから守られ、ギリシアの異邦人諸教会の実りとしての献金を、無事にエルサレム教会へ届けることができるように、神に祈って欲しいと求めたのです。

 

わたしたちは、1世紀の事情がよくわからないので、パウロがエルサレム行くことに何も感じないかもしれません。しかし、実は、1世紀のそれらの状況において、パウロがユダヤ教の総本山ともいうべきエルサレムに行くことは、殺されるために行くとも言えるような危険極まりないことであり、ヤダヤ教側にとっては、飛んで火に入る夏の虫のようなものであり、裏切り者のパウロを、自分たちの本拠地で捕えて殺す千載一偶の機会であったのです。

 

そして、パウロが捕えられて殺されれば、ギリシアの異邦人諸教会の実りとしての献金が貧しいエルサレム教会へ届かなくなり、エルサレム教会は、ますます窮乏することになります。それゆえ、パウロは、真剣に執り成しの祈りを求めたのです。

 

では、そのとき、パウロが求めた執り成しの祈りの第2は何でしょう。すると、ギリシアの異邦人諸教会の愛の実りである献金を、エルサレム教会のユダヤ人信徒たちが快く受け入れてくれるように神に祈ることでした。

 

 わたしたちは、1世紀のユダヤ人の気持ちがわからないので、パウロがギリシアの異邦人諸教会の愛の実りである献金を届ければ、エルサレム教会のユダヤ人信徒たちは、すんなり喜んで受け入れると、単純に思うかもしれないのですが、そう単純ではないのです。

 

 というのは、1世紀のユダヤ人信徒は、もちろん、クリスチャンですから、律法主義によって救われず、十字架のキリストを信仰し、恵みによって救われたのですが、しかし、同時に、ユダヤ人としての人間的誇りがまだ残っていたと言えます。

 

 すなわち、自分たちユダヤ人は、旧約時代を担った、自分たちユダヤ人は、律法を与えられていた、自分たちユダヤ人は、割礼という神の民のしるしを身に帯びている、自分たちユダヤ人には、先祖のアブラハムがいる、それゆえ、旧約歴史のない異邦人とは違うという人間的誇りの気持がまだ残っていたでしょう。また、ユダヤ人なのに、ユダヤ人でなく、異邦人への伝道を一生懸命行っているパウロにいい感じを持っていなかったかもしれません。

 

 それゆえ、パウロが指導して集めたエルサレム教会のための援助という奉仕が、エルサレム教会のユダヤ人信徒たちに受け入れられ、歓迎されるかどうか、正直、パウロの心に心配があったのです。そこで、パウロは、31節で、「エレサレムに対するわたしの奉仕が歓迎されるように」祈って欲しいと正直に願ったのですが、「歓迎される」という言葉は、もともと、「受け入れられる」という意味の言葉です。

 その心配のために、パウロは神への祈りを求めました。では、その結果はどうだったのでしょう。気になります。すると、使徒言行録21章17節以下に記されていますように、エルサレム教会のユダヤ人たちは、パウロとパウロが届けた献金を喜んで受け入れ、神を賛美したのです。

 

 では、そのとき、パウロが求めた執り成しの祈りの第3は何でしょう。すると、その後、神の御心により、喜びをもって、パウロがローマに行き、ローマの教会の信徒たちとのまじわりで、一時の安らぎと休息を得、そして、スペイン伝道に備えることができるように祈って欲しいと求めました。そして、パウロは、平和の源である神が、ローマの信徒たち一同といつも共にいて、彼らに人と人との間の真の和らぎと平和を与えてくださるように祈りました

 

 それで、ここで、一言、お話しておきますと、パウロは、献金をエルサレム教会に届けてから、すぐに、ローマに来て、スペイン伝道の準備ができたかと言えば、そうではないのです。使徒言行録21章27節以下に記されていますように、献金は無事にエルサレム教会に届けることができたのですが、その後、何と、パウロは、エルサレムで、ユダヤ教徒たちに神殿冒涜の罪を濡れ衣で着せられ、エルサレム中が大騒ぎとなり、ローマ軍が出動し、パウロはローマ軍に捕えられることになります。そして、パウロは、ローマ皇帝の裁判を受けるために、未決囚の囚人としてローマに船で護送されることになります。

 

 そして、結局、では、パウロのスペイン伝道は、どうなったかと思うのですが、聖書は特に記していません。スペイン伝道に行ったと推測する人もいます。また、行ったにしても、何らかの都合・事情で、短い期間であったのではないかと推測する人もいます。こうして、パウロがスペイン伝道に出かけたかどうかは不明ですが、しかし、今日のところを通し、1世紀の地中海世界の西の果てと考えられていた霊的未開拓のスペイン伝道への強い願いを、パウロが持っていたことは、歴史の事実です。

 

結び

 

それゆえ、今日のわたしたちも、パウロのような大きな伝道はできなくとも、伝道のために、他の人の救いのためにできることを、少しでも行い、日本伝道を前に進めて行きたいと思います。伝道のため、聖霊なる神の導きと力をいつも祈りたいと思います。

 

お祈り

 

 主イエス・キリストの父なる神さま、

今、わたしたちは、御言葉を通し、使徒パウロが、1世紀において西の果てイスパニアまでの伝道を切に願い、祈って準備していたことを見ました。そのときのパウロは、すでに当時のローマ帝国が支配する東半分にあたる驚くべき広範囲に渡る伝道をしてきましたが、それでもう終わりでなく、まだ福音が伝えられていない地への伝道を燃えたぎる思いを持って願っていたことが、わたしたちの心に伝わってきます。

 どうから、わたしたちも、使徒パウロに倣い、あなたが「すべての人々が救われて、真理を知ることを望んでおられる」ことを魂深くに確信し、福音が少しでも広がり、救いの素晴らしい真理を知って救われる人が起こされるように、あなたに祈り、いろいろな努力や工夫や知恵を尽くしていくことができますように、聖霊により力づけてください。教会が、伝道スピリットを失うことがないように、いつも励ましてください。

また、今日集まることができなかった方々にも、それぞれのところで祝福がありますようにお願いいたします。これらの祈りを主イエス・キリストの御名により御前にお献げいたします。アーメン。

 

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