従順
- ピリピ2:6ー8 -
「キリストは,神の御姿であられる方なのに…人としての性質をもって現われ,自分 を卑しくし,死にまで従い,実に十字架の死にまでも従われたのです」
人間は創造主なる神の御心に従って歩む時,人間として真のいのちを生きることが できる.そのことを明らかにしているのが創世2:16,17である.アダムとエバは神の 御心に従うことができず,人類に死が入り込んでしまった.
そこで神はイエス․キリストの従順によって,人類を救って下さった.「ちょうど ひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に,ひとりの従順に よって多くの人が義人とされるのです」(ローマ5:19).イエス․キリストは父の御心に従 順に従われた(ピリピ2:6ー8).イエス․キリストこそ従順の最高の模範である.
使徒パウロは異邦人への宣教者として遣わされている自分を,「このキリストに よって,私たちは恵みと使徒の務めを受けました.それは,御名のためにあらゆる国 の人々の中に信仰の従順をもたらすためなのです」(ローマ1:5)と言っている.
1.旧約聖書の例 (〈ヘ〉シャーマ)
⑴ アダムが「妻の声に聞き従い,食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べ
たので」(創3:17)土地はのろわれた.
⑵ モーセが民に契約の書を読み聞かせた時に,民は「主の仰せられたことはみな行な
い,聞き従います」と答えた(出24:7).
このことばは人に聞き従う場合にも,神に聞き従う場合にも用いられる.
⑶ 従順に関する旧約のハイライトの一つは,サムエルを通して語られたことばであろう.
「主は主の御声に聞き従うことほどに,全焼のいけにえや,その他のいけにえを喜ば れるだろうか.見よ.聞き従うことは,いけにえにまさり,耳を傾けることは,雄羊 の脂肪にまさる」(Ⅰサムエ15:22).
神は,民が神とみことばに従順であることを喜ばれ,また求められるのである.
2.新約聖書の例 (<ギ〉ヒュパクーオー)
⑴ 用語としては,やはり,いろいろな関係に用いられる.
① 人や制度,権威に従うことにも,主に従うことにも用いられる(ローマ13:1,エペソ5:24,
Ⅰペトロ1:2).
② 風や湖がイエスの言うことを聞き(マタイ8:27),汚れた霊でさえ,イエスの新しい教
えに従った(マルコ1:27).
③ キリストに従うように主人に従うこと(エペソ6:5),両親に従うこと(エペソ6:1),福音
に従うこと(ローマ10:16),教会の指導者に従うこと(ヘブラ13:17,Ⅰペトロ5:5)が勧めら れている.
⑵ 新約においても,最も重要な従順とは,神(主)に対するものである.それは,具体
的にはみことばに聞き従うかどうかで表される.
① イスラエルの民の,主に対する従順と不従順の事例が引用された説教が記されてい
る(Ⅰコリン10:1ー12,ヘブラ3:7ー4:11).
② 主のみことばに従順であるとは,聞いて,それを信仰によって自分に結びつけるこ
とである.また,そうしないことは,不従順の罪を犯すことである.主は,従わな い人には注意するように警告し(參照Ⅱテサロ3:14),また,主の福音に従わない人 は,終りの日にさばかれる(Ⅱテサロ1:8)と言う.
主への従順と不従順のそれぞれの結果を回避することはできない.
⑶ 従順の最高の模範は,神の御子でありながら十字架について死なれたイエス․キリス
トに見られる(ピリピ2:6ー8,ヘブラ5:8ー9).
主は,その従順のゆえに高く上げられた(ピリピ2:9ー11)だけでなく,多くの人々を, 「義人とされる恵み」にあずからせてくださるのである(ローマ5:19).
イエス․キリストの死に至るまでの従順によってもたらされた救いの福音に従わない 者は,最後にさばかれる.福音への不従順こそ,人間にとっての最大の罪である.それ こそ,永遠に赦されることのない,聖霊を汚す罪である(マルコ3:29).
「キリストは御子であられるのに,お受けになった多くの苦しみによって従順を学び 完全な者とされ,彼に従うすべての人々に対して,とこしえの救いを与える者」となら れた(ヘブラ5:8,9).従って神は従順を喜ばれる.