思い煩うな(1)
- ピリピ4:1-9 -
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願い をささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える 神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト․イエスによって守るでしょう。」
(ピリピ4:6-7)
思い煩う人は神を喜ばすことはできない。それだけでなく、この世でも成功できない。この世のものをどんなに持っていても思い煩いは絶えない。私たちは思い煩っては ならないのか。また、どうすれば思い煩わずにいれるか。
1.なぜ思い煩ってはならないのか?
⑴ 思い煩うということは「心を切り裂く」という意味である。<参照; ヤコブ1:8>
① 思い煩いは考えを分裂させるために意志を弱くする。
② 思い煩いは感情を切り離すので生活の安定を失わせる。
③ 思い煩いは理解力をなくさせるので、判断力をなくす。
⑵ 思い煩いは人間にとって一番の敵であると言ってもいいだろう。
① 思い煩いは戦争よりも多くの人を破滅させる。
② 思い煩いはどんな伝染病よりも強力な悪魔の武器である。
⑶ 聖書には「思い煩うな」という言葉を550回も記錄している。
① 思い煩いは人間の深刻な問題である。
② 思い煩いは悪魔の偽りにだまされ、神の言葉を疑うときに起こる。
③ 思い煩いは神をうそつきにする罪を犯すものである。 <参照; Ⅰヨハネ5:12>
* 下の御言葉を信じられない人はどんなことを言うだろうか?
「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」 (ピリピ4:13)
「わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト․イエスによって、あなたが たに必要なものをすべて満たしてくださいます。」 (ピリピ4:19)
「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となる ように共に働くということを、わたしたちは知っています。」 (ローマ8:28)
2.どうすれば思い煩わないか?
⑴ 神を信じ父とする- 父親は子を自分の命のように愛する。そして子供は父親を尊敬し純真な心で頼る。
「ヤコブよ、あなたを創造された主は、イスラエルよ、あなたを造られた主は、今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしもの。…」
(イザヤ43:1)
「わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父 の手から奪うことはできない。」 (ヨハネ10:29)
「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけて いてくださるからです。」 (Ⅰペトロ5:7)
⑵ 神が与えてくださった祝福を数えてみよう。- 私達が受けた祝福を数えてみう。
そうすれば、私たちの心は感謝にあふれ、私たちの口には賛美があふれる。
「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴いことか。神よ、いかにそれは数多 いことか。」 (詩139:17)
「すると主は、わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮 されるのだと言われました。…」 (Ⅱコリン12:9)
⑶ いつも喜ぶ生活をしよう。- 神の御心にしたがって、困難な環境の中でも主にしたがった先人たちの信仰を学ぼう。
「それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜 び、最高法院から出て行き、」 (使5:41)
⑷ 思い煩う前に祈ろう。- 思い煩う前に信じて祈れば、心に真の平安が臨む。そし
て難しいと考えていた問題が解決する。
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願い をささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」 (ピリピ4:6)
「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しなが ら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度 のゆえに聞き入れられました。」 (ヘブラ5:7)
思い煩うな(2)
- マタイ6:24-34 -
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加え て与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩 む。その日の苦勞は、その日だけで十分である。」(マタイ6:33-34)
思い煩いという網に引っ掛からない人生はない。現代の人たちは、思い煩いが吐き出 す毒素に悩まされ、慌ただしい日々を送っている。私たちの周囲で、神様の力を認め ず、自分の考えと思い煩いに捕らえられ、苦痛の中に生きている人を見ることができる だろう。私たちは、その弱っている人を立ち上がらせる神様の御言葉を伝えよう。
1. 思い煩いには2つの性格がある。
⑴ 不必要なものである。 <參考; マタイ6:27-32>
① 全く不必要なものであるにも関わらず、多くの人が思い煩いの奴隷となって、喜び を失った日々を送っている。
「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすこ とができようか。」 (マタイ6:27)
② 例話 <心配事の箱> ; 事業家であるアソ․ランクは、毎日思い煩っていた。彼は慎 重に考えたすえ、毎週水曜日を「思い煩う日」と決めた。「心配事の箱」を作っ て、その中に毎日の心配事を書いた紙を入れた。箱に紙を入れるときは、それが大 変大きな心配事のように思えたが、水曜日に紙を出して見たときには、大した問題 ではなかったのである。
⑵ 害を与えるものである。
① ある心理学者は、自分の論文で、思い煩いを「遅い形態の自殺」と表現した。すな わち、思い煩いは遅いスピードでゆっくりと人を死へと追い込むということである。
② 「思い煩い」という言葉には、「獣が鋭い歯で獲物の首を噛み、窒息死させる」と いう意味がある。
③ 特に、思い煩いによって、霊的に無力になってしまうことが多い。
「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい。さもない と、その日が不意に罠のようにあなたがたを襲うことになる。」 (ルカ21:34)
-「鈍くなる」は「感覚をなくしてしまう」という意味である。霊的に罪を感じる ことができず、無力になることは大変恐ろしいことである。
2. なぜ人々は思い煩いの奴隷となってしまうのだろうか?
⑴ 二人の主人に仕えているからである。
① 二人の主人とは、神様と財産のことであり、この二つに同時に仕えることはできな い。 (マタイ6:24)
「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一 方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕え ることはできない。」(マタイ6:24)
② お金に仕える人は思い煩うことが多い。 - お金に「仕える」という意味は、お金 の奴隷になり、お金に「縛られる」ということである。 (Ⅰテモ6:10)
「金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、 さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。」 (Ⅰテモ6:10)
⑵ 欲望に陥ってしまうからである。- 人の命は財産によってどうすることもできない。
「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人 の命は財産によってどうすることもできないからである。」(ルカ12:15)
① 豪富ジョン․ロッぺラーの告白; 「私は一千万ドルを集めてみたが、それが私に幸 せを与えることはなかった。」
② 自動車王ヘンリー․フォードの告白; 「お金と幸せとは何の関係もない。私が最も 幸せだった時期は、若いころ自動車整備工として働いていたときだった。」
⑶ 神の助けを信じないからである。- 世のすべてが主から來る。
① ダビデの告白; 「... すべてはあなたからいただいたもの、わたしたちは御手から 受け取って、差し出したにすぎません。」 (代上29:14)
② 使徒パウロの告白; 「わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト․イエスに よって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。(ピリピ4:19)
あなたはどうしてまだ思い煩っているのか?
主イエス様の言葉をもう一度深く考えてみよう。〈參考; マタイ6:26>