あかし(証言)
使1:8
旧約聖書では,証人は第1に法的な意味であり,第2に私的な協定における証人として用いられている.モーセの律法では,どんな犯罪でも,立証する場合には必ず2人以上の証人が必要であった.証人は決して偽証してはならず,偽証したことがわかると,被告が受けた判決を自分が受けなければならなかった(申19:16-20). また,罪人が死刑に処せられることになった時は,その処刑に際して,まずその証人が手を下すべきことが定められている(申17:7). それほど証人は重要であり,責任を伴うものであった.
1. 証人の任命
「わたしのところに來なさい」(マタイ11:28)というキリストの救いの招きを聞き,新しい人生に入れられたすべてのキリスト者は,次に,「わたしが…選び…任命したのです.それは,あなたがたが行って実を結び…」(ヨハネ15:16)ということばを聞き,従うことを 決心する.
2. 証人の動力
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき,あなたがたは力を受けます.そして…わたしの証人となります」(使1:8). すべてのキリスト者が聖霊の注ぎによって力ある証人に なれるのである.
3. 証人の使命
- 証人の使命は,使徒26:18に見ることができる.
⑴「彼らの目を開き」(魂の覚醒)
⑵「暗やみから光に」(福音の理解)
⑶「サタンの支配から神に立ち返らせ」(意志の転回)
⑷「罪の赦しを得させ」(罪の赦し)
⑸「聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせる」(愛情の革新)
このパウロに与えられた証人の使命は,今も変ることなく,私たちに与えられている.
パウロはこの使命のために苦難を忍び,いのちをも捨てたのである.
4. 証人の訓練
- 良い証人となるために,霊的,聖書的,そして実際的訓練が必要である.
(a)霊的訓練とは,パウロがローマ1:14ー16で語った,「私は…負債を負っています」「ぜひ福音を伝えたいのです」「私は福音を恥とは思いません」という三つのことばによって知ることができる.ここには,愛の十字架のしもべとしての責任感が表され ている.
(b)聖書的訓練とは,聖書が明らかにしている救いの四つの原則(神,罪,キリストの救い,そして悔い改めと信仰について)を,相手の霊的必要に応じて強調点を調整しながら救いに導けるようにすることである.
(c)実際的訓練とは,表現力,社交力そして,適応力の三つの局面の訓練で,多くの体験の積み重ねで作り上げていくことである.
5. 証人の技術
- 証人が個人伝道を進める上で,ただ一つの絶対的方法というものはない.
神はその働きを御自分の主権によって押し進められる.それゆえに証人は伝道の方法や技術よりも,聖霊の具体的な導きに従えるように,いつも霊性が整えられていなければならない.このためには,常に祈りが先行する.
6. 証人の勝利
パウロには大きな悲しみ,絶え間ない痛みがあった(ローマ9:1-3)が,また,「神はいつでも,私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加えて…くださいます」(Ⅱコリン2:14ー17)という勝利の前味を味わい,確信を持っていた.初代教会時代から現在に至るまで,異教,異端の激しい攻撃は続いている.科学,学問,文化がどんなに進歩した現代でも,神のことばに混ぜ物をして売るようなことは絶対にあってはならない.死に至るまで忠実に福音の奉仕に生きる時,「神の御目のもとに,キリストに選ばれた仕え人」 とフィリップスはⅡコリン2:17を訳している.良い証人の勝利は決定的である