聖書と聖徒
- 第二テモテ3:14-17 -
[インマヌエル 上巻.1-34]
[第二テモテ3:14-17] 「14 けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、15 また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。17 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」
+ 神の御業において、絶対に欠かせない3つの要素がある。力としての神の聖霊と、メッセージとしての神の御言葉と、そして道具としての神の人である。すなわち、神の聖霊は、神のメッセージ(御言葉)を神の人(聖徒)を通してこの世に伝えさせられる。
1. 聖書はどんな本なのか?
(1) 聖書は神の霊感で書かれた本である。(第二テモテ3:16)
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、」 (本文)
① イエス・キリストが証言する。<参照; ヨハネ福音書5:39, マルコ福音書14:49, ルカ福音書24:27>
「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」 (ヨハネ福音書5:39)
「わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕えなかったのです。しかし、こうなったのは聖書のことばが実現するためです。」 (マルコ福音書14:49)
「イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。」 (ルカ福音書24:27)
② 聖徒たちの体験が証言する。<参照; 第二テモテ2:2>
「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。」 (第二テモテ2:2)
(2) 聖書は神の力によって記録された本である <参照; ルカ福音書4:32>
「人々は、その教えに驚いた。そのことばに権威があったからである。」 (ルカ福音書4:32)
(3) 聖書は教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益な本である。
「教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益である。」 (本文)
2. 聖書がすることは何なのか?
(1) 聖書がすることは、救いを受けさせることである。<参照; ヨハネ福音書6:39>
「信仰による救いを受けさせることができるのです。」 (本文)
「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」 (ヨハネ福音書5:39)
(2) 聖書がすることは、訓練することである。
「教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」 (本文)
(3) 聖書がすることは、ふさわしい十分に整えられた者にすることである。
「神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」 (本文)
3. 聖書が求めていることは何なのか?
(1) 聖書が求めていることは、学んで確信したところにとどまることである。
「あなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、15 また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。」 (本文)
(2) 聖書が求めていることは、キリスト・イエスに対する信仰である。
「キリスト・イエスに対する信仰による救いを…。」
(3) 聖書が求めていることは、学んで確信したところにとどまることである。<参照; ヨハネ福音書8:31、15:7>。
「あなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。」 (本文)
「そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。」 (ヨハネ福音書8:31)
「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」 (ヨハネ福音書15:7)
+ 私たちはこの世に生きている間、聖書を熱心に読み、黙想し、実践することで聖化を成し遂げ、神のかたちを示さなければならない。そうすれば、救われた聖徒の人生が神に栄光となり、暗い世界で光となり、真理の真理であること、新しい命であることを証しすることになる。
[エペソ書2:10] 「私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。」
[テトス書2:14] 「キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。」