かえって祝福を与えなさい
- 第一ペテロ書3:8~9 -
シャローム宣教会
[第一ペテロ書3:8~9] 「8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」
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+ 信仰生活をしながら、お互いのために祝福を祈るべきです。
- 聖書には、創造された人間の人生は、創造主である神の祝福から始まります。
* 神の祝福の約束:創世記の御言葉
[創世記5:2] 「男と女とに彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、その名をアダムと呼ばれた。」
[創世記12:2~3] 「2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
[創世記22:17-18] 「17 わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。18 あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」
[創世記24:1] 「アブラハムは年を重ねて、老人になっていた。主は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。」
* イエスの初めての説教: 山上の説教-8つの幸い (マタイ福音書5:1~12)
[マタイ福音書5:3~12] 「3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。4 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。5 柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。6 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。7 あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。8 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。9 平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。10 義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。11 わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。12 喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。」
+ キリスト者は迫害する者を祝福すべきです。
[ローマ書12:14] 「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。」
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* [第一ペテロ書8:8~9] 本文
- 使徒ペテロが最後にもう少し勧めるように、聖霊に感動させられたようです。
(1) ペテロは、「あなたがたはみな、心を一つにし」と言われました。
- 「心を一つにし」という原語'ομοφρον'(ホモプロン)は「思いを合わせて」という意味です。愛と団結は思い(志)の一致からなされます。
[ローマ書12:16]「互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。」
[第一コリント書1:10]「さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。」
[ピリピ書2:2] 「私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。」
= 同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにならなければ、争い、分裂することになります。したがって、私たちは心を合わせ、志を一つになるように努力しなければなりません。
(2) ペテロは、「あなたがたはみな、同情し合い」と言われました。
- 「同情し合い」という原語’συμπαθεις’(シンパテイス)は「同じ感情を持つ、同情心を持つ」という意味です。
- 人間は思いが第一に重要だが、また感情も重要だ。感情が同じであることが良い。ある人は何かを好きで、ある人はそれを嫌うのでは、お互いに心で団結することは難しいだろう。聖徒たちがあることに対して好きな感情や、嫌いな感情が似ていることは、教会の一致と団結のために望ましいてす。
(3) ペテロは、「あなたがたはみな、兄弟愛を示し」と言われました。
- 兄弟愛は聖徒の基本的な徳目です。イエスは自ら「互いに愛し合いなさい」という新しい掟を与えてくださいました。- 愛とは何か?
[第一コリント書13:4~7] 「4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、6 不正を喜ばずに真理を喜びます。7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」
(4) ペテロは、「あなたがたはみな、あわれみ深く」と言われました。
- 「憐れみ」という原語(ユスプランクノス'ευσπλαγχνοσ')は「優しい心を持つ、憐れむ」という意味です。
- 私たちは相手、欠乏と弱さを見る時、軽蔑したり排斥したりせず、憐れむ心を持たなければなりません。
+ 使徒パウロは、「互いに親切にし、憐れみの心で接し、… 赦し合いなさい。」と言われました。
[エペソ書4:32] 「互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。」
(5) ペテロは、「あなたがたはみな、謙遜でありなさい」と言われました。
- 謙遜に」という言葉、原文の意味は「親切に」という意味もす。
- 謙遜と親切は遠くない。私たちは互いに謙虚で親切でなければなりません。
(6) ペテロは、「あなたがたはみな、かえって祝福を与えなさい」と言われました。
- 本文、「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。」
[マタイ福音書5:39] 「しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」
[マタイ福音書5:44] 「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」
[ローマ書12:17] 「だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。」
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(1) 私たちは神の祝福のために召されました。
- その祝福は、罪の赦しと救いの祝福、平安の祝福、そして栄光の天国と永遠の命の祝福です。したがって、神が私たちに与えてくださったこの祝福を悟り、大切にし、感謝し、またお互いにこの祝福を祈るべきです。
- 人がこの祝福を失うことほど大きな不幸はないです。しかし、私たちはどんなに愚かな者であっても、この祝福から除外される者になりたくはないだろう。
(2) 私たちは心からお互いのために祝福を祈るべきです。
- 私たちは、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つになるように努力するべきです。これが救われた聖徒の集まりである教会が互いに愛し合い、団結する姿です。
- 私たちは、悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を祈るべきです。これは主が自ら教えられたことであり(マタイ福音書5:39~44)、私たちに向けられた神の御心であり、聖徒の務めです。