性の機能に関する聖書の教え
- エペソ5:31 -
性の機能は,結婚以前,結婚生活,婚外関係などの観点から見ることができる.
1.結婚以前における性
- 性的交渉が生涯的な愛の献身でないなら,それは悪である.それは事実,聖書が不品行と呼んでいる罪である.(參照;Ⅰコリン6:18,ガラテ5:19)
⑴ 婚前交渉
① モーセは次のように命じた.「夫のある女と寝ている男が見つかった場合は,その女と寝ていた男もその女も,ふたりとも死ななければならない」(申22:22)
② 新約聖書では「結婚」と「寝床」ということばを併用することによって,このことを確認している(ヘブラ13:4).婚前の性交はあってはならないことである.
⑵ 同棲
① 聖書は,結婚する用意がない人たちの婚前性交を否定している.妻と家族への責任を引き受ける準備がない人は,性をもてあそんではならない.
② 生涯をかけて生活を共にする用意なしに,性的交渉を持つべきではない.結婚するまでは,性交すべきではない.
2.結婚生活における性
- 結婚生活における性の基本的機能が幾つかある.それは,神によって定められた性の機能が結婚によって制御されることを示してくれる.
⑴ 独自の親密な人格的結合
① 結婚の第1の目的は,夫婦が最も親密な結合を実現することである.「ふたりは一体となる」ということは,聖書の中で繰り返し述べられている.(創2:24,マタイ19:5,Ⅰコリン6:16,エペソ5:31)
⑵ レクリエーション
① 性的結合は,結婚によって一体化された人々の幸せな再結合である.性が与える満足は二人が初めて交した相互の愛の誓いを再確認することによって得られる喜びである.
② 真実の性の喜びは,真実の結合から生れる.そして,この真実の結合は,二人の異性の間に独自な永続的関係がある時にのみ生れるのである.(參照;Ⅰテモテ4:35,6:17)
⑶ 生殖
① 結婚による一体化の結実は,子孫の増加である.もちろん,子供は結婚生活の自然な結実であるが,必ずしも必然的な結実ではない.
② 結婚は自然なことではあるが,必ずしなければならないわけではない.独身者は,結婚しないことを選ぶことができるが,それは罪を犯すことではない.(參照;マタイ19:12,Ⅰコリン7:7,8)
③ 結婚生活によって子供が誕生する時,子供の誕生は,両親が独自の永続的関係を維持するもう一つの理由になる.
3.婚外関係における性
- 聖書は、姦淫,不品行,売春,同性愛は,すべて罪に定められる.神がお定めになった人間関係を破壊するものである.
⑴ 姦淫と売春
① 旧約聖書において,「姦淫してはならない」と強調する.(出20:14,レビ20:10)
② 新約聖書も同様に,姦淫に反対する.イエスは,姦淫がその基本的動機において間違っていることを指摘された.(マタイ5:27,28)
⑵ 不品行(不倫)
① 使徒たちはすべてのキリスト者に対して不品行を避けるように勧めた.(使15:20)
② パウロは不品行を「肉の行ない」と呼び,神の国にふさわしくないものとしている.(ガラテ5:19,21)
⑶ 同性愛
① モーセの律法では,同性愛の罪を犯す者がイスラエルの共同体にとどまることを禁止した.(申23:17)
② パウロは,同性愛が「自然の用を不自然なものに代えた」と述べている.(ローマ1:27)
③ もちろん,同性愛についての聖書の禁止命令は,同性間の親しい友情を禁じるものではない.ダビデとヨナタンは,その古典的な実例の一つである.(Ⅰサムエ18:1)