教会の教師
- 第一ペテロ5:1-3 -
[インマヌエル 下巻.10-17]
[第一ペテロ5:1-3] 「1 そこで、私は、あなたがたのうちの長老たちに、同じく長老のひとり、キリストの苦難の証人、また、やがて現われる栄光にあずかる者として、お勧めします。2 あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。3 あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。」
*** イエスは、弟子たちが使命を果たせるように、共に暮らしながら教えられた。弟子の使命の中で、教会の教師としての役割は実に重要である。
1. 指導力を持たなければならない。
(1) 守るように、教えなければならない。
① 「わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ福音書28:20)
(2) 聖徒たちの模範とならなければならない。
① 「4 彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。5 しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」(ヨハネ福音書10:4-5)
② 「あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。」(第一ペテロ5:3)
③ 「私がキリストを見ならっているように、あなたがたも私を見ならってください。」(第一コリント11:1)
2. 神の御心を知らなければならない。
(1) 救いが神の御心であることを知らなければならない。
① 「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」(第一テモテ2:4)
② 「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」(第二ペテロ3:9)
(2) 神の御心に基づく具体的な計画が必要である。
① 「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか。」(ルカ福音書14:28)
② 「1 アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。」(使徒行伝13:1-3)
アンティオキアの教会には、預言者や教師たちがいた。すなわち、バルナバ、シメオン(ニゲ
(3) 神の計画を実現するために忠実でなければならない。
① 「あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。」(黙示録2:10)
② 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ福音書12:24)
③ 「23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。」(第一コリント9:23-24)
3. どんなときにも御霊によって祈らなければならない。
① 「主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。」(詩篇5:3)
② 「主よ。私は、夜には、あなたの御名を思い出し、また、あなたのみおしえを守っています。」 (詩篇119:55)
③ 「ダニエルは、その文書の署名がされたことを知って自分の家に帰った。―彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた。―彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」(ダニエル書6:10)
④ 「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」(エペソ書6:18)
◈ パリサイ人と取税人のたとえ
[ルカ福音書18:9-14] 「9 自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。10 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。11 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。12 私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』 13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』 14 あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」
