キリスト者の社会でのあり方を問う
イザヤ書22章15-25節
http://www1.bbiq.jp/hakozaki-cec/PreachFile/2008y/080518.htm
本日取り上げる箇所は、二人の人物に当てたメッセージです。この二人はヒゼキヤ王の時代、ユダ国の最高位の官僚でしたが、正反対の運命を辿ることになります。今日は、この二人を通して社会生活のあり方を考えてみたいと思います。
(1)文化の起源について
私たち人間は、社会の中で生きる存在です。そして、社会のありようを決めるのが文化であると言えます。聖書の文化観を、先ず考えて見ましょう。
創造命令
神は人をご自身のかたちとして創造された。 神のかたちとして彼を創造し、 男と女とに彼らを創造された。 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。 「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。 海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」 創世記1:27-28 |
創世記1-2章には、聖書独自の世界観が描かれています。第一は、被造世界であること、すなわち、創造の六日において、神のデザインに基づいて、無から有に呼び出された宇宙です。第二は人間の特異性です。人間は<神のかたち>を持ち、<男と女>としてあり、神が創造のみわざを完了した後の「第七日」において、神の代理として、この地上の全面において、「神の国」を建設する使命を帯びた者として描かれています。こうして、人間は、完成された神の創造のみわざを引き継ぎ、創造の目的を達成する使命を帯びた者なのです。このような意味で、上記の使命は「創造命令」と呼ばれます(アルバート・ウォルタース)。
創造命令と関連して、アダムの命名行為を考えて見ましょう。命名行為とは、対象の特異性を認識し、個別化する行為です。対象との様々な経験により、その名に知識が付加されていきます。こうして、人は命名行為によって対象を定義し、自然を支配できるようになったわけです。
文化命令
神である主は人を取り、エデンの園に置き、 そこを耕させ、またそこを守らせた。 創世記2:15 |
人に与えられた最初の使命が、創世記2:15に書かれています。<(エデンの)園>とは、他の自然の環境とは区別される「囲まれた庭」を意味します。そこで、土地を耕し、「囲まれた庭」であり続けるように、そこを守ることが、最初の使命でした。こうして、人間は自然でありながら、自然に働きかけて、文化を建設するという使命に召されたのです。
農業と訳される英語agricultureは、ラテン語に語源を持ちます。agri-は「土地」を意味し、cultureは「耕作、栽培」という意味があります。また、cultureはラテン語のcultus(礼拝、崇拝)が語源であると言われます。畑を耕す営みの中に、古代の人々が神を意識し、礼拝した名残なのでしょう。収穫を目指して耕作する営みにおいて、社会が形成され、知識や技術や学問が発達していくのです。そして、これらの営みを神への従順と信仰において行うことにより、人生や世界に意味と価値を見出したのです。これが文化の原型と思われます。こういう意味で、創世記1:28は、「文化命令」と呼ばれるのです(アブラハム・カイパー)。
背きとしての文化の開始
カインは土を耕す者となった。 ある時期になって、カインは、地の作物から 主へのささげ物を持って来た 創世記4:2-3 だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。 |
カインは、人類の始祖アダムの長男ですが、最初の殺人者となった人です。しかも、正当な理由もなく、弟を殺害したのです。このことで、カインはアガペーを動機に生きるという、「神の国」の価値観を持っていなかったことが分かります。彼は、父親の農業を継ぎます。そして、収穫物の中から<ささげ物>をささげたが、神は受け入れなかったと書いてあります。なぜ、受け入れなれなかったのでしょうか?恐らく、彼の農業は、もはや「文化命令」に従う形で行われていなかったのでしょう。農業を行う最終的な目標が、神の代理として地を治めるという本来の趣旨から外れていたのでしょう。例えば、農業によって得られる富や農耕社会・村での自らの支配や権威の維持を最終目的としたのではないでしょうか?これが、的外れとしての文化の始まりなのです。
カインによって開始された、神への背きとしての文化は、神への信仰があろうとなかろうと、凄まじい勢いで人間社会を取り込み、押し流して行きました。聖書は、「この世」である人間世界は神への背きの中にあると考えるのです。しかし、一旦破壊された「神の国」が再建され、最終的には「神の国」が勝利するように、歴史は展開されると、聖書は説明するのです。キリスト者は、霊的には「神の国」に属しながら、神への背きを本質とする「この世」に暮らしているのです。そこで、神への信仰と「この世」で生きることを、どのように調和させるかが、大変に重要になってくるのです。「この世」の精神は、その人が生きる環境や時代によって、異なる文化として現れます。ですから、「神の国」と「この世」の関係は、信仰と文化の関係に還元される思われます。
(2)二つの権威 … キリストと文化
五つの類型
①反文化的キリスト ②文化のキリスト ③文化の上にあるキリスト ④矛盾におけるキリストと文化 ⑤文化の変革者キリスト |
H.リチャード・ニーバーは、キリスト者の文化や社会との関わり方に、五つの類型があると述べています。簡単に説明すると、①の「反文化的キリスト」とは、文化を徹底的に否定する立場です。
②の「文化のキリスト」は、信仰と文化を同一視します。この立場では、この世と無批判に妥協してしまうことになります。
③の「文化の上に立つキリスト」は、文化と信仰を切り離して、文化は理性の領域、信仰は啓示の領域と考えます。
④の「矛盾におけるキリストと文化」は、マルチン・ルターの「二王国説」がその典型です。キリスト者は、「神の国」と「地の国」の両者に属し、「神のものは神に、カイザルのものはカイザルに」と、両者に従順であることが求められます。これでは、二つの価値観の二律背反の中で葛藤しながら生きなければならないことになります。
⑤の「文化の変革者キリスト」は、この立場は、文化そのものを否定するのではなく、文化が「神の国」と「この世」(サタンの国)に分断されていると考えます。そして、置かれた文化的な環境の中で、キリストのみこころを識別して、選択することが要求されるのです。
④と⑤の立場を図示すると、以下のようになります(ウォルターズ『キリスト者の世界観』122,123頁)。
私は、⑤の「文化の変革者キリスト」の立場が最も聖書的なものと考えています。なぜなら、神の摂理によって生かされている文化的環境の中で、創世記の「文化命令」に従うには、⑤の立場しかないからです。生活の諸相において、「神の国」と「サタンの国」が争っています。中立という立場も緩衝地帯も存在しないのです。本質的には、神に従うか、サタンに従うかで、文化の中で激しい闘争が繰り広げられている実情を、よく説明しています。
(3)二人の高級官僚の信仰の姿勢
では、ユダ王国の高級官僚であったシェブナとエルヤキムを通して、④と⑤の信仰生活について考えてみたいと思います。
執事シェブナ
あなたは自分のために、ここに墓を掘ったが、 ここはあなたに何のかかわりがあるのか。 ここはあなたのだれにかかわりがあるのか。 高い所に自分の墓を掘り、 岩に自分の住まいを刻んで。 イザヤ22:16 |
シェブナという人物は、旧約聖書に9箇所出てきます。「主よ、帰りたまえ」という意味があります。彼は外国人のようですが、アハズ王の時に重く取り立てられ、ヒゼキヤ王の時代でも王の側近として活躍しました。アッシリヤとの交渉などでも活躍したのです。しかし、イザヤは、彼を非難して、厳しい神のメッセージを伝えているのです。
彼のどこが間違っていたのでしょうか?イザヤ22:16では、高貴なユダヤ人のみに用意されている墓地に、自分の墓を作ったことが取り上げられています。外国人であった彼が、身分不相応な墓を作ったことが、間違っていたということでしょうか?
実は、シェブナのものと思われる墓が発掘されたのですが、その墓には碑文が彫ってありました。それによると、シェブナは親エジプト派の首領で、反アッシリヤ、親エジプト政策を推し進めていたことが分かったのです。これは、「神にのみ信頼せよ」というイザヤの預言とは、真っ向から対立するものであったのです。
ああ。助けを求めてエジプトに下る者たち。 彼らは馬にたより、 多数の戦車と、非常に強い騎兵隊とに拠り頼み、 イスラエルの聖なる方に目を向けず、主を求めない。 イザヤ31:1 エジプト人は人間であって神ではなく、 彼らの馬も、肉であって霊ではない。 イザヤ31:3 |
シェブナは、政治と信仰を区別して考えていたのではないでしょうか。政治の世界では、エジプトは頼りになる隣国でした。一方で、神は政治という現実の世界で信頼できるとは考えられませんでした。彼にとっては、政治生命を委ねるほどに、実世界では神は信頼できるはずはないのですから、エジプトに拠り頼むほかなかったのです。ここに、信仰と現実を別の次元と見なす二元論的な姿勢を見ることができます。実は、このようなケースは多いのです。これは、ニーバーの第四の類型ですね。このような彼の姿勢は、神への不信仰であったのです。ですから、預言者の批判を招いたのです。
エルヤキム
その日、わたしは、わたしのしもべ、 ヒルキヤの子エルヤキムを召し、 あなたの長服を彼に着せ、 あなたの飾り帯を彼に締め、 あなたの権威を彼の手にゆだねる。 彼はエルサレムの住民とユダの家の父となる。 イザヤ22:20-21 |
エルヤキムは、シェブナが失脚した後に、その後を引き継いだ人です。彼の政策は、「神にのみ信頼せよ」というイザヤの預言に従うものであったようです。彼は、政治という自らの生きる分野において、具体的に何が神のみこころかを識別し、それを選択した人でした。ニーバーの第五の類型ですね。このような彼の生き方こそが、祝福を受けたのです。
実は、具体的な生の領域において、エルヤキムのように信仰に生きることは、生易しいことではありません。シェブナのように、「エジプトとの同盟に賭ける」という政策は、当時としては極めて常識的でした。しかし、「アッシリヤともエジプトとも結ばず」という信仰による中立政策は、国を運命を危険にさらす、狂気の沙汰に思えたことでしょう。皆さんは、このようなエルヤキムの生きる姿勢をどう思われますか?
なぜ、エルヤキムは、これほど神に信頼したのでしょうか?上記の聖句において、主語の「わたし」が神であることを覚えましょう。神は、ユダ王国の第二の権威をシェブナから取り上げ、エルヤキムに委ねる権威を持つ方として登場します。このように、引き抜いたり、植えたりする究極の権威を持つ方として、神は自己啓示しておられるのです。このことが、エルヤキムの政治信念を支えたのでしょう。
エルヤキム一族の問題
わたしは、彼を一つの釘として、確かな場所に打ち込む。 彼はその父の家にとって栄光の座となる。 彼の上に、父の家のすべての栄光がかけられる。 子も孫も、すべての小さい器も、 鉢の類からすべてのつぼの類に至るまで。 その日、──万軍の主の御告げ── 確かな場所に打ち込まれた一つの釘は抜き取られ、 折られて落ち、その上にかかっていた荷も取りこわされる。 イザヤ19:23-25 |
エルヤキムは、職務において神に信頼したので、豊かに用いられます。しかし、彼の一族は孫の代まで、彼を神であるかのように、何から何まで彼に依存します。上記の聖句は、そのような場面を鮮やかに描いています。不安定な状況に生きざるを得ない人間が安心できる手っ取り早い方法は、頼れそうな人を見つけて、依存して生きることです。「寄らば大樹の陰」ということわざと通りです。
しかし、どんなに偉大な人物であっても、人間である限り、<抜き取られ、折られて落ち>る時が来るのです。預言者は、「神への信頼」を強調します。「神への信頼」は、正しくなされている限り、決して裏切られることはありません。神への信頼こそが、嵐のごとく現実の台風が吹き荒れる社会の中で、祝福されつつ生き抜く鍵であることを、イザヤは語りたかったのではないでしょうか。