霊的な戦いで勝利
- ルカ福音書22:31-32 -
[インマヌエル 上巻.4-36]
[ルカ福音書22:31~32] 「シモンよ、シモンよ、見よ、サタンはあなたがたを粉々に砕こうと要求したが、しかし私はあなたがたのために、あなたがたの信仰が失われないように祈った。あなたがたは悔い改めた後、兄弟たちを堅く支えよ。」
*** サタンは無視できる存在ではない。しかし、恐れるべき存在でもない。サタンは私たちを倒そうと、吠える獅子のようにうろついている。私たちの戦いは、サタンとの霊的な戦いである。私たちは霊的な戦いで勝利するためには、どうすべきか。
1. 仕える者となるべきだ。(ルカ福音書22:24~30)
(1) 「誰が偉いか」という論議に陥る者は、本当に愚かな者だ。
「また、彼らの間には、この中でだれが一番偉いだろうかという論議も起こった。」 (ルカ福音書22:24)
① 論争は「聞いている人々を滅ぼす」ことになるのである。uni
「これらのことを人々に思い出させなさい。そして何の益にもならず、聞いている人々を滅ぼすことになるような、ことばについての論争などしないように、神の御前できびしく命じなさい。」(第二テモテ2:14)
② ねたみや敵対心のあるところには、あらゆる邪悪な行ないがある。
「14 しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。15 そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。16 ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行ないがあるからです。 (ヤコブ書3:14~16)
③ 争いによって「欲求しても得られない。」
「あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。」 (ヤコブ書4:2)
(2) 争いを克服する道は、互いに「仕える者」となることである。
「26 だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間で一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。27 食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。」(ルカ福音書22:26~27)
(3) 主と共に互いに仕える者は尊い祝福を受ける。
「それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。」(ルカ福音書22:30)
2. 信仰が失われないようにしなければならない。(ルカ福音書22:31-38)
(1) サタンは私たちを試して信仰を揺るがそうとする。
① サタンはシモン・ペテロを試そうとした。(ルカ福音書22:31、本文)
② イエスはシモンを知っていた。「信仰が失われないように祈った」(ルカ福音書22:32、本文)
(2) 信仰で武装する時、サタンの試練を打ち破ることができる。
「そこで言われた。「しかし、今は、財布のある者は財布を持ち、同じく袋を持ち、剣のない者は着物を売って剣を買いなさい。」 (ルカ福音書22:36)
① 人間的な決意だけではサタンの策略を打ち破ることはできない。
「33 シモンはイエスに言った。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。34 しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」 (ルカ福音書22:33~34)
② 悪魔の策略に立ち向かうためには、「神のすべての武具」を身に着けなければならない。
「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。」 (エペソ書6:11)
3. 熱心に祈らなければならない。(ルカ福音書22:39~46)
(1) 試練に陥らないように祈らなければならない。
- イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。(ヘブル書5:7)
「その場所に着くと、彼らに『試練に陥らないように祈れ』と言われた。」(ルカ福音書22:40)
「イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。」 (ルカ福音書22:44)
「45 イエスは祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに来て見ると、彼らは悲しみの果てに、眠り込んでしまっていた。46 それで、彼らに言われた。「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい。」 (ルカ福音書22:45~46)
イエスは力尽くして、さらに熱心に祈られた。汗が地面に落ちる血の滴のようになった」
「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。」(ヘブル書5:7)
(2) すべての祈りと願いを用いて、御霊によって祈りらなければならない。
- 福音の奥義を大胆に知らせることができる。(エペソ書6:18~19)
「18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。19 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。」(エペソ書6:18~19)