ステル記―女性の強い信仰と大きな働きー


エステル記2章17節
       3章1節~7節
         4章11節~17節


                                 佐々木稔牧師

はじめに


 暑い日々が続いていますが、本日も、わたしたちは、唯一人の真の偉大な神を心から礼拝したいと思います。それで、本日は、旧約聖書に親しむという趣旨で、2カ月に1度の旧約聖書からのお話しです。前回は5月で、旧約聖書のネヘミヤ記から、お話しをしましたが、本日は、次のエステル記からお話をします。

 エステル記とは、どんなものでしょう。よりよい理解のために、エステル記の概略について少しお話をしておきましょう。エステル記というのは、イエス・キリストより、4百数十年前の、エステルというひとりの女性の信仰により、ペルシャ帝国内の全ユダヤ人が虐殺から免れたことが描かれています。エステルという名前は、ペルシャ語で「星」という意味ですが、その名のごとくに、エステルは、暗黒の異教世界において、真の神への信仰を星のようにキラキラ輝かせた女性でした。

 その時代はどんな時代であったでしょう。すると、イスラエルにおいては、バビロン捕囚から帰ってきた人々が、エルサレム神殿を再建してから、30年ほど経っていたのですが、バビロンに捕囚されていた人々は、バビロンがペルシャ帝国に滅ぼされても、なおそのまま、今度はペルシャ帝国にとどまり、生活をしていたユダヤ人たちもたくさんいたのです。

 そんなときに、ユダヤ人を憎むハマンというペルシャ帝国の大臣によりユダヤ人は皆殺しにされそうになります。しかし、モルデカイという人に育てられたエステルという1人のユダヤ人女性が、ペルシャ王妃の立場にあり、そのエステルが神を信頼し、命がけで行動したことにより、ユダヤ人虐殺から救われることになったのです。

 そこで、後に、ユダヤ人たちは、アダルの月、すなわち、今日のカレンダーに直すと、2月から3月にかけ、1人の信仰の女性エステルによって虐殺から救われたことを記念するプリムの祭りを行うことになったのです。

 聖書を見ますと、男性の信仰と働きだけでなく、女性の信仰と働きも神の民の祝福のために豊かに用いられています。これは本当に素晴らしいことです。今日も同じです。男性も女性も、今の時代のエステルとなって、神への信仰を星のように輝かしつつ歩んでいきたいと思います。

 聖書の箇所をたくさん読むことができませんので、必要なところは、わたしの言葉で補いながらお話しをします。4点からお話しします。第1点は、ユダヤ人女性のエステルは、ペルシャ王妃になったという点です。第2点は、大臣のハマンは、ユダヤ人虐殺の計画を立てたという点です。第3点は、エステルの信仰は星のように輝いたという点です。第4点は、ユダヤ人は、虐殺から救われたという点です。


1. ユダヤ人女性エステルは、ペルシャ王妃になりました


第1点は、ユダヤ人のエステルは、ペルシャ王妃になったという点についてです。あるとき、ペルシャ王のクセルクセスは、大きな酒宴、今日でいうパーテーを開き、王妃ワシュティの美しさを列席者に見せようとしました。ところが、王妃ワシュティは、酒宴出席を拒否し、王のメンツを丸つぶれにしました。そのため、王は怒り、王妃の身分を剥奪し、代わりに、ペルシャ帝国全土の美しい乙女から王妃選びを行うことになりました。

 ペルシャ帝国の首都スサに、モルデカイというユダヤ人がいました。そして、モルデカイには、いとこにあたるエステルという名の娘がいました。エステルには両親がいませんでした。そこで、いとこと言っても、かなり年齢が離れていたと思われるモルデカイは、エステルを自分の娘として育てていました。

 エステルは、とても美しい評判の娘であったので、ペルシャ王妃候補のひとりとして、他の娘たちとともに集められ、1年間、美容術と化粧で美しさが一層引き出されました。1年後、エステルは、ペルシャ王のもとに連れていかれました。するとどうでしょう。王は、エステルを気に入り、エステルを愛し、エステルを王妃にしたのです。2章17節で「王はどの女にもましてエステルを愛し、エステルは娘たちの中で王の厚意と愛い恵まれることとなった。王は彼女の頭に王妃の冠を置き、ワシュティに代わる王妃とした」と言われている通りです。

 これが、エステルが歴史の前面に出るきっかけでした。エステルが、このときペルシャ王妃になったことが、後に、ペルシャ帝国内の全ユダヤ人を虐殺から救うことになります。もし、エステルが、ペルシャ王妃でなかったら、全ユダヤ人虐殺計画を覆させることは不可能であったでしょう。

 こうして、エステルが、ペルシャ王妃になることは、ペルシャ帝国に在住していたすべてのユダヤ人に大きな祝福となります。では、エステルを妃にしたペルシャ王自身には、祝福とならなかったのでしょうか。いいえそんなことはありません。実は、エステルの養い親であるモルデカイは、王宮の門番をしていましたが、ある時、王のそば近くに仕える2人の人物が,門のところのヒソヒソ話で王を暗殺するたくらみをしているのを知り、エステルを通して、王に通報しましたので、王は暗殺を免れ、命が助かりました。そのことは、王宮の宮廷日誌にもきちんと記入されました。2章21節から23節に記されているとおりです。

 ですから、ユダヤ人女性エステルが、ペルシャ王妃になったことは、ユダヤ人にとっても祝福となり、また、エステルを王妃としたペルシャ王自身の祝福にもなったのです。神は、ご自分を信ずる信仰者に祝福を与えてくださいますが、ご自分を信ずる信仰者だけでなく、その人を通して、その人の周囲にいる人々にも、豊かな祝福を及ぼすことができるのです。


2.大臣ハマンは、ユダヤ人を憎み、虐殺の計画を立てました


 第2点に入ります。第2点は、大臣ハマンは、ユダヤ人を憎み、虐殺の計画を立てたという点です。ペルシャ帝国の大臣であったハマンという人は、自分になびかないユダヤ人モルデカイを憎み、ペルシャ帝国に在住するユダヤ人全体の虐殺を計画するのです。当時のペルシャには、ハマンという大臣がいましたが、王は、このハマンをほかのどの大臣よりも重く用いました。そのため、ハマンが門を入ってくるときには、王宮の門番たちは、地にひざまずき、ひれ伏してうやうやしく敬意を表し、まるで神を礼拝するかのようにしていました。

 しかし、ユダヤ人モルデカイは、人間に対してそのようにすることは、偶像礼拝になるとして、しませんでした。すると、ハマンは、自分に対して礼拝するようにして敬意を表さないモルデカイに怒り、憎みました。そして、モルデカイに死の制裁を与えることを考えましたが、モルデカイが、ユダヤ人であることを知ると、ハマンは、モルデカイ1人を殺害するだけでは面白くないとして、ペルシャ帝国いるすべてのユダヤ人を虐殺する計画を、残忍にも考えました。

 ハマンは、腹心の部下を集め、プルと言われていたサイコロのようなくじを投げさせて、その数を計算し、その年の終わりのアダルの月の13日、今日のカレンダーにすれば、2月から3月にかけての13日に、ペルシャ帝国内の全ユダヤ人を虐殺することを決めました。王は、その計画を聞いて、ハンコになっていた自分の指輪を外し、ハマンに渡したので、ハマンは、ユダヤ人虐殺の勅令を書き、王のハンコを押し、その勅令をペルシャ帝国全土に発布しました。さあ大変な事態になりました。

 3章1節に「その後、クセルクセス王はアガグ人ハメダの子ハマンを引き立て、同僚の大臣のだれよりも高い位置につけた」とありまして、ハマンという人が登場してきますが、他のどの大臣よりも重んじられて、高い地位にありました。

 そのため、門番は、王の命令により、ハマンを「ひざまずいて敬礼した」のです。「敬礼した」といっても、日本流に右手を顔の脇に上げて敬礼すると言う意味ではなく、もともとの意味は、ひざまづいてひれ伏したという意味です。ですから、この仕方は、ユダヤ人にとっては、神を礼拝する姿勢になると思われます。それゆえ、これをすることは偶像礼拝になることを意味したと考えられます。そのため、ユダヤ人モルデカイは、これをしなかったと思われます。2節を見ますと「しかし、モルデカイはひざまづかず、敬礼しなかった」と言われているとおりです。

 そこで、ハマンはモルデカイに怒り、憎しみ、モルデカイに死の制裁を与えようとしましたが、モルデカイがユダヤ人であることを知ると、モルデカイ1人だけを殺害しても面白くないとして、ペルシャ帝国内の全ユダヤ人の殺害を考えたのです。6節で「・・・モルデカイ1人を打つだけでは不十分だと思い、クセルクセスの国中にいるモルデカイの民、ユダヤ人を皆、滅ぼそうとした」とあり、全ユダヤ人虐殺計画を考えたことを語っています。

 また、7節で、「・・・ハマンは、自分の前でプルと呼ばれるくじを投げさせた。」とありますが、「プル」というのは、ペルシャ語でくじという意味ですが、今日のサイコロのようなものです。小さな石でできた六面体ですが、その各々の面に、数字が記されておりまして、これを何回も投げて、数字を組み合わせるものです。そして、「プル」というのは、くじを意味するペルシャ語ですが、この言葉から、後に、このユダヤ人虐殺計画から救われたことを記念してプリムの祭りと呼ばれる祭りが行われるようになりました。

 こうして、ペルシャ帝国内の、ユダヤ人虐殺計画は、1年後に実行されることになり、首都のスサをはじめ、各地で準備が進むことになりました。しかし、1人の女性の信仰、すなわち、エステルにより、阻止されることになります。真の神への信仰を持った人が1人いるということは、本当に素晴らしいことです。いないこととは全然違うのです。当時は、典型的に男中心の家父長制の時代でしたけれども、しかし、社会制度がどうあれ、神は、ご自身への信仰を持った1人の女性を用いて、ペルシャにおける全ユダヤ人虐殺を阻止させるのです。

 聖書を見ますと素晴らしいことがいろいろ書いてありますが、そのひとつが信仰を持った女性のよい働きです。男性の信仰と働きだけでなく、女性の信仰と働きも、神のご計画において豊かに用いられています。聖書の時代は、旧約時代も新約時代も、制度としては、男中心の家父長制の社会です。しかし、聖書においては、男性の信仰と働きとともに女性の信仰と働きも実に豊かに手厚く用いられていることを、あちこちで意識的に記していることは、本当に素晴らしいことです。エステルもその一人です。


3.エステルの信仰は星のように輝きました


第3点に入ります。第3点は、エステルの信仰は星のように輝いたという点です。さて、ペルシャ全土のユダヤ人を虐殺してよいとの王の勅令は、国の定めとしてペルシャ帝国の各州に広まり、ユダヤ人を嫌い、憎む人々は、各地で喜んでその準備をしましたが、もちろん、当のユダヤ人たちにとっては、驚きと嘆きと苦悩となりました。

モルデカイも苦悩しましたが、モルデカイは、その時、1つのことを悟ったと思われます。それは、自分が育ててきたエステルが、ペルシャ王の王妃になったのは、この時のための神の摂理であったであったと悟ったと思われます。そこで、モルデカイは、使いの者を通して、事柄の1部始終を王妃エステルに伝え、王妃エステルが、ペルシャ王に嘆願して、ユダヤ人を虐殺しないように寛大な措置をするように伝えました。

 すると、エステルからも、使いの者を通して、モルデカイに返事がありました。その返事は、いくら王妃であっても、王の召しがないのに、王のところに自分勝手に行くことは、死刑に処せられるとの法律があるので、簡単にはできないことであることを伝えてきました。

 すると、モルデカイは、使いの者を通して、さらに厳しく、エステルに伝えました。それは、ペルシャ帝国内のユダヤ人が全員虐殺されても、自分は、王妃として、宮殿の中にいるから無事である。しかも、自分がユダヤ人であることは、宮殿の中の誰にも知られていないから安心であると考え、ユダヤ人虐殺を王に嘆願しないのであれば、神は、エステルを用いないで、違う方法でユダヤ人たちを解放し、救い出す、そして、その場合には、エステルとエステルの家系は、神の審判によって滅ぼされることになるであろう。エステルが、ユダヤ人女性でありながらも、ペルシャ帝国の王妃となったのは、この時のためではないかと伝えました。

 4章13節、14節がそうです。「モルデカイは再びエステルに言い送った。『他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。』」と言われている通りです。

 では、エステルはどうしたでしょう。エステルも、モルデカイに言われて、そのことを悟ることができたと考えられます。自分が王妃になったのは、このことのためであったのだ、神がこの日のために、自分を王妃にしておいたのだと十分思えたでしょう。そこで、信仰の女性エステルは、王の前に自分の方から出ることを決心しましたが、そのために、首都スサにいるユダヤ人たちが集まって、飲食を断って、3日3晩断食して、神がエステルを強めてくださるように祈ることを求めました。また、エステル自身も、3日3晩断食して、神に祈って備えることを約束しました。エステルは、自分の方から勝手に王に謁見を申し入れたことで、罪とされ、死刑にされるのであれば、それを受け入れる覚悟をしました。

15節と16節、「エステルはモルデカイに返事を送った。『早速、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。私も女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。』」。これがエステルの信仰でした。夜空の星のようにキラキラ輝いている素晴らしい信仰です。

 エステルは、自分自身も3日間断食して、備えると言いましたけれども、3日間の断食というのは大変なものと思います。わたしも、あるとき、断食して、神にお祈りしたことがありますけれども、1日、職を断って祈りことは、大変ですよ。軽はずみにとても断食などできません。そして、また、エステルは、自分勝手に王に謁見を求めるので、王がそれを受け入れてくれなければ、死罪にされることを覚悟しましたが、この覚悟だって、簡単にはできないと思います。

天国に受け入れられることを確信している今日のクリスチャンのわたしたちだって、実際のところ、簡単には自分の大切な命を簡単には捨てられないでしょう。しかし、エステルは、この決意をしたのです。ペルシャ帝国内の全ユダヤ人を虐殺から解放し、救済するため、エステルは自分の命を捨てることを決意したのです。ここにおいて、エステルの信仰は、その名前エステルが、ペルシャ語で星を表すように、夜空の星のごとく暗黒の時代にキラキラ輝いているのです。素晴らしいですね。


4.ユダヤ人は、虐殺から救われました


 それからどうなったでしょう。すると、エステルは、3日祈って備えたあと、自分から、王に謁見を求めました。もし、王の召しがないのに、自分から来たことが、とがめられれば、エステルは、死罪とされ万事休すです。緊張の瞬間でした。すると、5章2節で「王は庭に立っている王妃エステルを見て、満悦の面持ちで、手にした金のしゃく差し伸べた」とありますように、王はすこぶる上機嫌で、ニコニコして、エステルを受け入れてくれたのです。エステルは内心、神のお導きと思ったかもしれません。そして、何と、さらに王は、エステルの望みであれば、国の半分でも与えるとまで言って、驚くほどのやさしさを示しました。エステルは、内心、さらに神のお導きと思ったかもしれません。しかし、エステルは、ユダヤ人虐殺計画の取り消しを、この時には願わず、まず、自分が準備する酒宴に王と大臣のハマンの2人に出席してほしいと願いました。そこで、王は受け入れ、その旨は、ハマンにも知らされました。すると、ハマンは大喜びでした。

 ハマンは、王妃が王と自分の2人のために、特別な酒宴を開いてくれるということを聞き、うれしくてたまりませんでした。しかし、王宮の門を通って帰ってくるとき、モルデカイが、相変わらず、自分にひれ伏して敬意を表さないのを見て、心の中で怒り、この際、モルデカイを絞首刑にしてやると考え、部下に命じて、高い柱を立てさせ絞首刑の準備をさせました。

 さて、その夜のことです。6章1節以下にありますように、王は、なかなか眠れなかったので、侍従たちに宮廷日誌を持ってこさせて、ずーっと読み上げさせました。すると、以前のことですが、門番のモルデカイは、2人の人物が王を暗殺しようとしていた陰謀を知って、エステルを通して通報してきたので、暗殺が未然に防げ、王の命が助かったという記録が読み上げられました。そこで、王は、そのことを思い出し、モルデカイにほうびを与えたかどうか尋ねますと、まだ何もしていないということがわかりました。

そこで、王は、モルデカイに、今からでも、ほうびを与えなければと考えました。夜が明けて朝になりました。すると、大臣のハマンがやってきましたので、王は、自分がほうびをあげようとしている者がいるが、どんなほうびがよいかと尋ねました。すると、大臣のハマンは、とんでもない勘違いをして、王がほうびを与えようとしている人物は自分であると勝手に思い込み、できるだけ高価なほうびを与えるように勧めました。

 具体的には、その人物には、王が着る豪華な服を着せ、王が乗る立派な馬に乗せ、人々の集まる広場でパレードをし、みんなが「王が栄誉を与えることを望む者にはこのようなことがなされる」と口々に称賛させることがよいでしょうと、王に勧めました。すると、何と、王は、ユダヤ人モルデカイに、ほうびとしてそのようにするように、大臣ハマンに命じたので、ハマンは、自分がほうびを受けるのでないことを知り愕然としました。この時に、ハマンは、モルデカイをはじめユダヤ人が信じている天地万物の創造主なる神が、自分を裁いていると感じ始めたかもしれません。

 さて、その日の夜がやってきまして、王は大臣ハマンとともに、引き続き、王妃エステルの準備した酒宴に出席して、ぶどう酒を機嫌よく飲んでいましたが、何と、王は、エステルの望みが何かを自分の方から優しく尋ねてくれました。エステルは、これ導き思ったかもしれません。そこで、エステルは、自分がユダヤ人であることを伝えるとともに、ペルシャ全土にいるユダヤ人すべてを虐殺する計画を立てている恐ろしい人物がいることを伝えました。すると、王は、驚き、いったいだれがそんな計画を立てているのかを尋ねましたので、エステルは、大臣のハマンであることを伝えました。7章6節で「エステルは答えた。『その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます。』。ハマンは王と王妃の前で恐れおののいた。」と言われている通りです。

それを聞いた王は怒り、その席を離れ、庭の方に行ってしまいました。すると、大臣のハマンは、エステルが座っていた長いすに身を投げ出して、エステルに命乞いをしましたが、その姿は、王妃エステルに言い寄っている姿として王にとられてしまい、側近の者たちが飛んできて、大臣ハマンを捕らえて連行し、絞首刑の柱につるされてしまいました。大変皮肉なことで、その絞首刑の柱は、ハマンがモルデカイのために準備したものでしたが、逆に自分がつるされてしまいました。

 それで、ここまでくると、わたしたちは疑問を持つかもしれません。王は、ユダヤ人虐殺計画を、大臣のハマンから聞いてを知っていて、承認したしるしとして、自分の指輪式のハンコをハマンに渡したので、ハマンが、勅令を書いたのではないかと思うのですが、王が、実際のところ、どの程度理解していたかは疑問があります。また、王は、自分が気に入り、愛している自分の妃のエステルがユダヤ人であることを知っていたら、もちろん、大臣ハマンのユダヤ人虐殺計画そのものを決して許さなかったでしょう。いずれにしましても、ユダヤ人虐殺計画の張本人の大臣ハマンは処刑されてしまいましたが、ユダヤ人の読者は、ここに、神の厳かな審判を読み取ったでしょう。

 さて、ユダヤ人虐殺計画の張本人のハマンは処刑されて死にましたが、しかし、ペルシャ全土に出されているユダヤ人虐殺の王の勅令は生きていますし、各地で、ユダヤ人虐殺他のための準備が着々となされつつありました。このままにしてはおけません。ではどのようにするのでしょう。すると、王の勅令は撤回されることがありませんでした。したがって、2カ月前に出したユダヤ人虐殺の勅令は撤回するというということはできません。そこで、今度は、王の許しを得て、信仰の人モルデカイの命ずるままに勅令が作成されることになり、その勅令は、ユダヤ人虐殺に加担する者たちを、ユダヤ人たちが、逆に制裁してよいという勅令でした。その日にちは、最初、ユダヤ人たちが虐殺される日であったアダルの月の13日、すなわち、その年の最後の月の13日目でした。今日のカレンダーに直せば、3月から4月にかけての13日目でした。そして、実際にその日が来ましたときには、ユダヤ人たちは、各地で、自分たちを虐殺しようとしていた人々を、逆に打ち滅ぼしました。

 それで、エステル記についてのお話の締めくくりをしなければなりませんが、実は、エステル記には、とても不思議なことがあります。何だと思います。神という言葉が1回も出てこないことです。わたしは、前からそのことを知っておりましたが、説教にあたって、1章から10章までもう1度読んでみましたが、本当に、神という言葉はどこにも1回も出てきません。

 えーっと思うかもしれません。それでいいのと思うかもしれません。それでいいのです。神という言葉が1回も出てこなくても、エステル記における神の摂理の豊かな働きは極めて明白です。神は、異教の地ペルシャにおいても、生きて働いて、ご自分の民を祝福していることは、疑う余地がありません。1人のユダヤ人の女性にすぎない者がペルシャ帝国の王妃となって王宮に入っていたこと、エステルには、モルデカイという信仰の人がついていたこと、王宮の門番をしていたモルデカイが王を暗殺する陰謀を知って通報したことによって王の命が助かっていたこと、エステルが、死を覚悟して、自分の方から王に謁見を求めたときに、王が上機嫌でニコニコして受け入れてくれたこと、王がその夜眠れなくて、たまたま宮廷日誌を通して、ユダヤ人モルデカイの通報により自分の暗殺が未然に防がれたことを知ったこと、王は自分の妃エステルがユダヤ人であることを知ったこと、王は、ユダヤ人虐殺計画を各地で進めている者たちを、逆にユダヤ人が制裁することを許したことなどは、すべて、神の摂理の中での出来事です。これらのどれかひとつが欠ければ、ユダヤ人は虐殺されたでしょう。しかし、これらのどれもがそれぞれに機能したので、ユダヤ人は虐殺されることがなかったのです。聖書の神は、すべてのこと相働きて益としてくださる全能の偉大な神です。安心して信頼できます。


結び


以上のようにして、旧約聖書のエステル記を見ます。エステルとは、ペルシャ語で星という意味ですが、エステルの信仰は、暗黒の異教社会のペルシャにおいて夜空の星のようにキラキラ輝きました。そして、星のように輝くと言うのであれば、パウロもフィリピの信徒への手紙2章15節で、「・・・よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き」と、クリスチャンのことを語っています。わたしたちも、日本の異教社会にあって、夜空に輝く星のように、信仰を輝かせつつ歩んでいきましょう。


        (日本キリスト改革派南浦和教会2007年7月11日の説教)


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