称賛される教会
- 第一テサロニケ1:1-4 -
[インマヌエル 下巻.10-03]
[第一テサロニケ1:2-4] 「2 私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、3 絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。4 神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。」
*** 誰もが新たな願いを持つべきである。私たちは神の言葉を通して、称賛された聖徒たちの信仰を学ぼう。そうしてより祝福され、喜びに満ちた信仰の生活を送ろう。
使徒パウロはテサロニケの信徒たちに「いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え」と言った。そしてその理由について語った。
1. 彼らの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐のためである。
(1) 信仰をもって働こう。
① パウロは第一テサロニケ1:9-10でテサロニケ教会の信徒たちの信仰について記している。
「9 私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、10 また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。」(第一テサロニケ1:9-10)
② 福音の力に満たされた人々は、自らの信仰を妨げる要素、すなわち偶像を捨てて神に立ち返り、神のために働くようになる。
(2) 愛をもって労苦しよう。
① パウロは第一コリント13:13で愛について記している。
「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」(第一コリント13:13)
② 兄弟を愛することが、神を愛する者の義務であると述べている。
「19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。20 神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。21 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。」(第一ヨハネ4:19-21)
③ 教会の問題は、愛を言葉と形式だけで語ることにあると言われる。神を愛するにせよ人を愛するにせよ、その愛には必ず労苦が伴う。
(3) 希望をもって忍耐しよう。
① 世の人々は長寿、富貴、栄華を夢見て生きている。しかし聖徒となった私たちの生活は、こうしたものを目的としてはならない。
② 私たちは世に生きる間も、天に望みを置き忍耐をもって歩むべきである。
やがて聖徒たちはイエス・キリストが再臨される時に復活するであろう。それゆえこの世ではどんな患難も耐え忍び、どんな迫害も乗り越えなければならない。
2. それだけでなく、彼らが多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったからである。
(1) 私たちは神の言葉をどのような状況で受けたのか?
(2) 私たちはどのように信仰の先輩たちに倣っているのか?
3. そして彼らの評判はマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対する彼らの信仰はあらゆる所に伝わったからである。
(1) 私たちについてのどのような信仰の評判が伝わっているか?
(2) 私たちの信仰の評判はどこまで広がっているか?
++ テサロニケ教会は、① 使徒パウロが第二回伝道旅行の際にマケドニア地方の都市テサロニケで設立した教会である(使徒行伝17章)。② パウロは数週間ほど滞在し、ユダヤ人会堂で福音を語った。③ ユダヤ人たちの反対により迫害が起こったが、信徒たちは信仰を堅く保った。信仰・愛・希望に生きる教会として他地域にも良い影響を与えた。④ パウロは書簡(第一テサロニケ・第二の手紙)を通して、キリストの再臨と聖なる生活について教えた。
=テサロニケ教会は、苦難の中でも希望を失わず、主の再臨を待ち望みながら忠実に歩んだ初代教会の代表的な存在である。
*** 主は私たちをあまりにも愛しておられる。主は良いもので私たちに祝福を与えてくださる方である。私たちは信仰の働きと愛の労苦と希望の忍耐をもって、主の御心に従って祝福された人生を歩まなければならない。それゆえ、主から称賛されなければならない。
