イエスの御手
- マタイ福音書8:14-15 -
[インマヌエル 上巻.3-09]
[マタイ福音書8:14-15] 「14 それから、イエスは、ペテロの家に来られて、ペテロのしゅうとめが熱病で床に着いているのをご覧になった。15 イエスが手にさわられると、熱がひき、彼女は起きてイエスをもてなした。」
*** *** 人は手で仕事をする。生活用品を作ったり、楽器を演奏したり、絵を描いたり、文章を書いたり、様々なことをする。しかし、イエスの御手は単にそのような手ではなかった。 イエスの御手が届くところには、イエスの権威と力によって奇跡が起こった。
1. イエスの御手は癒しの手であった。
(1) イエスの御手が触れると、あらゆる病気を癒された。
- 今日も、主の御手が私たちの病気を癒してくださるように祈りましょう。
① <本文>
② 「イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われた。すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。」 (マタイ福音書8:3)
③ 「… ひとりの会堂管理者が来て、ひれ伏して言った。私の娘がいま死にました。でも、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。そうすれば娘は生き返ります。」、「イエスは群衆を外に出してから、うちにおはいりになり、少女の手を取られた。すると少女は起き上がった。」 (マタイ福音書9:18, 25)
④ 「23 イエスは盲人の手を取って村の外に連れて行かれた。そしてその両眼につばきをつけ、両手を彼に当ててやって、「何か見えるか。」と聞かれた。24 すると彼は、見えるようになって、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが見えます。」と言った。25 それから、イエスはもう一度彼の両眼に両手を当てられた。そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった。」 (マルコ福音書8:23-25)
(2) 主の御手は、主の民をいつも支えてくださった。
① 「あなたの神、主が力強い御手と伸べられた腕とをもって、あなたをそこから連れ出された」 (申命記5:15)
② 「その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。」 (詩篇37:24)
2. イエスの御手は赦しの手だった。
- ローマの兵士たちはイエスの御手のひらに釘を打ち、その体を十字架につけた。その時、イエスの両手は赤い血に染まった。
(1) 十字架につけられたイエスの血塗られた手は、私たちのすべての罪と咎を赦した。
① 「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」 (イザヤ書53:5)
(2) イエスの弟子となった私たちは、自分の十字架を背負ってイエスに従わなければならない。
① 「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」 (ルカ福音書14:27)
(3) パウロは自分の身に、イエスの焼き印を帯びていると言った。
① 「これからは、だれも私を煩わさないようにしてください。私は、この身に、イエスの焼き印を帯びているのですから。」 (ガラテヤ書6:17)
3. イエスの御手は治める手だった。
(1) イエスは自分の手で自分の民を治めた。
① 「主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。」 (使徒行伝11:21)
② 「見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。」と言った。するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回った。」 (使徒行伝13:11)
+ <例話; 暴君ネロの親指、剣闘技場で...>。
(2) イエスは自分の御手ですべての人を支配された。
「それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。」 (ヨハネ福音書17:2)
*** イエスの御手は、すべての病気を直す癒しの手であり、罪人を愛する血塗られた赦しの手であり、すべての人を治める手である。私たちはすべての疑いと傲慢を捨てて、主イエスの御手につかまりましょう。そうすれば、主イエスがその権威の御手で私たちに約束されたすべての恵みを与えてくださるでしょう。