平安を与えてくださる神
- ピリピ書4:4-7 -
[インマヌエル 上券. 1-14]
[ピリピ書4:4-7]「4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。5 あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。6 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
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使徒パウロは手紙を書くたびに聖徒たちのために絶えずに祈った。その時、すべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくださるように祈った。それでは、私たちに臨む神の平安について考えてみる。
1. どのような時に神の平安が私たちに臨むのか?
(1) 神が喜ばれることを考える時である。 <参考;ルカ福音書2:14>
「最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」(ピリピ書4:8、本文)
(2) 私から学び、受け、聞き、また見たことを実行する時である。
「あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。」(ピリピ書4:9、本文) <参考; ヨハネ福音書8:29>
(3) 主が命じておいたすべてのことを守るように教える時である。
「また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ福音書28:20) <参考;Ⅱテモテ2:2>
2. どうすれば、神の平安が私たちの心と思いを守ってくださるのか?
(1) 自分の考えを守らなければならない。
+ 神の考えたとおりに、計ったとおりに考えなければならない。
「万軍の主は誓って仰せられた。「必ず、わたしの考えたとおりに事は成り、わたしの計ったとおりに成就する。」(イザヤ書14:24) <参照;イザヤ書55:8、ピリピ書4:13>
+ 信仰の量りに応じて、慎み深く考えなければならない。
「私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。」(ローマ書12:3) <参考;箴言4:23、コロサイ書3:1>
(2) 心を治めなければならない。
+ 自分の心を治めなければならない。
「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる。」(箴言16:32) <参考;Ⅰペテロ書2:23>
# <例話> アブラハム・リンカーンがホワイトハウスにいた時のことです。多くの人が、リンカーンが黒人女性と密かに暮らしていて、そのように黒人の味方になったという噂を広めた。その時、リンカーンはどうしたのだろうか?リンカーンはその噂に対して何の対策も立てなかった。
+ ことばで失敗をしてはならない。
「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。」(ヤコブ書3:2) <参照:箴言26:4、21:23>
(3) 霊に燃えて主に仕えなければならない。
+ 神の御心が何であるかを見極め、主に仕えなければならない。
「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ書12:2) <参考:ローマ書12:11>
+ キリストと聖徒のための熱心でなければならない。
「というのも、私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからです。私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。」(Ⅱコリント書11:2) <参照;Ⅱコリント書4:8-10>
(4) 喜びながら誠実に生きなければならない。
+ 一日を楽しみ、喜んで生きるべきである。
「これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。」(詩篇118:24)
+ 明日への希望をもって生きるべきである。
「13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」(ピリピ書3:13-14)
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神の平安が私たちに臨むことを願いましょう。今日一日もその平安によって喜び、楽しく生きよう。そして今、神の子として、隣人にキリストの平安を願い、福音を宣べ伝えることに力を尽くそう。<参考;民数記6:26、1コリント1:3>