ウエストミンスタ―小教理問答 [問92~107]
Westminster Shorter Catechism
Shalom Mission シャローム宣教会 http://shmission.com/xe/shalom_jp
問92 礼典とは、何ですか。
答 礼典とは、キリストが制定されたきよい規定です。そこでは、キリストと新しい契約の祝福とが、感覚的なしるしによって信者たちに示され、証印され、当てはめられるのです。
問93 新約の礼典は、どれですか。
答 新約の礼典は、洗礼と主の晩餐です。
問94 洗礼とは、何ですか。
答 洗礼とは、ひとつの礼典です。そのとき、父と子と聖霊の御名によって水で洗うことが、私たちがキリストにつぎ木され、恵みの契約の祝福を分け与えられ、主のものになると約束することを、表わし証印するのです。
問95 洗礼は、だれに執行されるのですか。
答 洗礼は、可見的教会の外にいる人には、キリストへの信仰と服従とを告白するまでは、だれにも執行してはなりません。しかし、可見的教会の会員の幼児は、洗礼を受けなければなりません。
問96 主の晩餐とは、なんですか。
答 主の晩餐も、ひとつの礼典です。そのとき、キリストの指定にしたがって、パンとぶどう酒を与え、また受けることによって、キリストの死が示されます。また、ふさわしい陪餐者が、身体的、肉的な仕方でではなく信仰によって、キリストの体と血を、キリストのあらゆる祝福もろとも分け与えられて、霊的に養われ恵みのうちに成長するのです。
問97 主の晩餐をふさわしく受けるには、何が求められていますか。
答 主の晩餐にふさわしく参加したい人には、次の事が求められています。すなわち、主の御体をわきまえる自分の知識・キリストを糧とする自分の信仰・自分の悔い改めと愛と新しい服従について、自己吟味することです。それは、ふさわしくないままで来て、その飲み食いによって自分にさばきを招くといけないからです。
問98 祈祷とは、何ですか。
答 祈祷とは、神の御意志に一致する事のために、キリストの御名によって、私たちの罪の告白と神のあわれみへの感謝に満ちたお礼を添えて、神に私たちの願いをささげることです。
問99 神は、私たちに祈祷を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。
答 神の御言葉全体が、私たちに祈祷を教えるのに役立ちます。しかし、その特別な指導基準は、キリストが弟子たちに教えられた祈祷文、いわゆる"主の祈り"です。
問100 主の祈りの序言は、私たちに何を教えていますか。
答 (「天にまします我らの父よ」という)主の祈りの序言が私たちに教えている事は、私たちを助ける力と志をもっておられる神に、全くきよい崇敬と確信とをもって、父に対する子のように近付くこと、また、私たちが他の人々と共に、他の人々のために祈らなければならない、ということです。
問101 第一の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「ねがわくは、み名をあがめさせたまえ」という)第一の祈願で私たちが祈る事は、神が御自分を知らせるのに用いられるすべての事において、神が私たちと他の人々に神の栄光をあらわす力を授けてくださるように、また、神が万事を御自分の栄光のために配剤してくださるように、ということです。
問102 第二の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「み国をきたらせたまえ」という)第二の祈願で私たちが祈る事は、サタンの王国を滅ぼしてくださるように、恵みの王国を進展させ、私たち自身と他の人々をそこに入れ、その中に守ってくださるように、また栄光の王国を早く来たら せてくださるように、ということです。
問103 第三の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」という)第三の祈願で私たちが祈る事は、神が恵みによって私たちにも、天におけ御使いたちのように、万事につけて神の御意志を知り・
従い・服することができる力と意志とを、授けてくださるように、ということです。
問104 第四の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」という)第四の願で私たちが祈る事は、神の一方的な賜物のうちから、私たちがこの世の良き物の正当な分を受け、それによって神の祝福を楽しむことができるように、ということです。
問105 第五の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」という)第五の祈願で私たちが祈る事は、神が、キリストのゆえに、私たちのあらゆる罪を一方的にゆるしてくださるように、ということです。私たちは、神の恵みによって他人を心からゆるせる者とされているので、なおさらこれを求めるように奨励されているのです。
問106 第六の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答 (「我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」という)第六の祈願で私たちが祈る事は、神が私たちを罪の誘惑から守ってくださるか、私たちが試みられる時に私たちを支えて助け出してくださるように、ということです。
問107 主の祈りの結びは、私たちに何を教えていますか。
答 (「国とちからと栄えとは、限りなく、なんじのものなればなり、アーメン」という)主の祈りの結びが私たちに教えている事は、私たちが、祈祷における励ましを神だけから受けるということ、また祈祷において、神に国と力と栄光とを帰して神を賛美することです。また、自分の願いと聞かれる確信とを証言して、私たちは「アーメン」と言うのです。