武士道とキリスト教 

内村鑑三や新渡戸稲造など、明治のクリスチャンたちが
武士道をきわめて高く評価した理由


名著「武士道」を著した新渡戸稲造


和魂の中心・武士道

 今から一〇〇年以上前、西暦一九〇〇年に、新渡戸稲造(にとべいなぞう)先生が「武士道」という本を著しました。英語で書かれたこの本は、日本精神の中心ともいえる武士道の考え方、生き方、死に方というものを、世界に向けて紹介したものです。
 当時の日本は、明治維新以来、和魂洋才を掲げて、アジアの中でただひとり大発展を遂げていました。西欧諸国は、その日本の秘密はどこにあるのだろうかと、みなが興味を持っていました。そのとき、新渡戸稲造先生は、和魂洋才の「和魂」、すなわち日本精神の中心は武士道です、また武士道とはこういうものですと世界に向けて紹介したのです。
 この本は初版が刊行されるや否や、世界中に大きな反響を巻き起こしました。なかでも、時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは、超多忙であったにもかかわらず、この本を手に入れると、徹夜で読破したという。そして感動のあまり、翌日ただちに三〇冊を自分で買って、世界中の要人に配って、「ぜひ一読するといいです」と勧めたそうです。
 それからしばらくして、日露戦争がありました。日本とロシアが戦った。そのときセオドア・ルーズベルトは、日露の講和条約の仲介に入ってくれました。つまり日露戦争を終わらせることができたのは、彼が仲介してくれたからです。仲介に入ってくれたのは、彼が日本の武士道というものを理解し、日本精神というものに深く共鳴してくれたからなのです。

新渡戸稲造著「武士道」

 私も大学時代、クリスチャンになって洗礼を受ける前にこの本を読み、たいへんな感動を受けたことを今も覚えています。そして洗礼を受けたとき、教会で皆の前で証しをしたのですが、その中で日本の武士道についてふれたことを覚えています。
 「武士道」を書いた新渡戸稲造先生は、クリスチャンです。なぜクリスチャンが、「武士道」を書いたのか。そこに今日お話しする大切なポイントがあります。日本精神、またその根幹である武士道というものを最もよく理解し、その世界的な意義を最も高く評価したのは、クリスチャンだったのです。
 今のクリスチャンは、武士道といっても、封建時代の亡霊のように思っている人が多いかもしれません。また武士道は、戦場に必要なものかもしれないが今のような平和な時代には必要ない、と思っているかたもいるかもしれません。
 しかし、そうではないのです。武士道は、日本の歴史と伝統をつくり、導いてきたものでした。そして現代にも必要です。そこにこそ、日本人というものを理解する鍵があります。
 武士道は、単に武士だけのものではありませんでした。それは日本人全体の生き方、死に方を導いてきたものです。もしみなさんが、西郷隆盛や、大久保利通、伊藤博文、大隈重信、板垣退助など明治維新を成し遂げた人々の書いたものを読んでみるならば、彼らの行動と生き方というものは、武士道に貫かれていたことを知ることでしょう。
 また武士道は、単に男の生き方だけを導いてきたものではありません。日本女性の生き方、大和撫子(やまとなでしこ)の生き方、死に方をも導いてきたものです。日本の女性は、おしとやかなだけでなく、芯が強かった。それは武士道を基本とする社会の中で、大和撫子が自然に身につけたものでした。こうした武士道に対し、最もよく理解を示し、最も高い評価を与えたのはクリスチャンでした。有名な内村鑑三(うちむらかんぞう)先生も、武士の子であり、クリスチャンでしたが、こう言いました。
 「武士道の台木にキリスト教を接(つ)いだもの、それは世界で最善の産物だ。それには日本国だけでなく、全世界を救う力がある」(英和独語集)


内村鑑三。「武士道の台木にキリスト教を接いだもの、
それは世界で最善の産物だ。それには日本国だけで
なく、全世界を救う力がある」

 内村鑑三先生も、武士道がいかに優れたものであるか、それを高く評価していました。迫害をも恐れず、力強いキリスト教伝道を展開した内村先生の精神の根底には、武士道があったのです。
 武士道にキリスト教が接ぎ木されて、「イエス様にある武士道」「イエス様の武士道」として彼の内で脈々と生きていたのです。明治時代のクリスチャンがなぜ、あれほど力強かったのか。その秘訣がここにあります。一方、なぜ今日の日本のキリスト教会が、弱々しい、女々(めめ)しい教会なのかという理由もここにあります。
 私たちはどうしたら、本来の力強いキリスト教を身につけることができるのでしょうか。私は武士道を学んでいったとき、何を思ったかというと、
 「イエス様こそが本当に日本の武士道を完成し、それを身をもって現わされたおかただった」
 ということです。イエス様のうちに、武士道の最高の模範をみたのです。そこにこそ日本精神の最高の姿がある。それがわかると、イエス様って何と素晴らしいおかたなんだろう、また、クリスチャンは日本精神というものをもっと評価していかなければならない、ということがわかってくるのです。

李登輝著『「武士道」解題』

 今から数年前、二〇〇三年に、私の尊敬する台湾の元総統・李登輝(り・とうき)さんが、『「武士道」解題』(小学館)という本を出版しました。これは、かつて新渡戸稲造先生が一〇〇年前に書いた「武士道」を読み込んで、李登輝さんが解説を加えたものです。
 李登輝さんは、かつて台湾の総統だった一二年間に、台湾を力強い国家に育て上げた大政治家です。二〇世紀の偉大な政治家のひとりに数え上げていい。以前、アサヒビールの名誉顧問の中條高徳さんが、
 「日本国の総理になっていただきたいと思えるような人だ」
 と語っていましたが、私もそう思えるほどです。李登輝さんは、熱心なクリスチャンです。そのクリスチャンがなぜ、いま「武士道」なのか。李登輝さんは、はっきり言うのです。あの疾風怒濤の一二年間の総統時代、私を支えたものは何であったか、それはキリストへの信仰と、武士道だったと


台湾の元総統・李登輝氏を支えたものは、
キリストへの信仰と、武士道だった

 中国の脅迫にも負けず、反対派の脅しにも屈せず、信念を貫き通して教育改革、政治改革、経済改革など、様々な改革を次々に実現できたのは、武士道によって培われたものがあったからだと言います。
 李登輝さんは二二歳のときまで日本人でした。頭の中では今でも、いつも日本語でものを考えているという。彼はかつて日本の本を読みふけり、武士道を学びました。武士道が心の奥にある。そして、のちにイエス様を信じるようになりました。
 イエス様を信じると、その武士道がさらに生きてきた。イエス様にあって武士道が生かされると、これはもう無敵のものとなるのです。それはすばらしい精神形態となる。イエス様によって生かされた武士道です。イエス様によって導かれた武士道、それは人生を切り開く力なのです。有名な武士道の本『葉隠』に、
 「武士道というは、死ぬことと見つけたり
 とあります。これはどういう意味か。非常にわかりやすく言いますと、人間は死んだ気になってやれば、どんなことでもできるのです。
 死というのは、人間にとって最もこわいことでしょう。人間にとって、こわいことはたくさんあります。人からどう思われるか、また失敗がこわいとか、いろいろあるかもしれないけれども、最もこわいことはやはり死でしょう。
 でも、死の意味を徹底的に追求していくときに、そこに非常に有意義な生が生まれてくるのです。死というものから逃げているうちは、あなたは有意義な生を送ることはできません。
 死というものの意味を徹底的に考える。追求する。死から逃げない。そのとき初めてあなたの有意義な人生が始まるのです。
 「このことのためなら死んでもいい」――それを持つとき、人の生は大きな意味を持ってくるのです。力がわいてきます。「このことのためなら死んでもいい」――それを持ったのが、武士でした。サムライでした。彼らだけではありません。人間だれしも、「このことのためなら死んでもいい」というものを持つなら、有意義な人生を送ることができます。
 何のために死ぬのか。それを明確に持つなら、あなたの人生にはもはや恐れはありません。そして死んだ気になってやれば、どんなことでも成し遂げられないものはありません。

このことのためなら死んでもいい

 私がイエス様を知ったとき、思ったことはこれです。「イエス様の福音のためだったら死んでもいい」。私はイエス様の福音のために命をかけることにしました。誰が何と言おうと、福音のために人生を捧げる決心をしたのです。私の命をそのために少しでも使っていただけるなら、それで満足。
 死というものの意味を徹底的に追及していくところに、あなたの有意義な人生が始まるのです。李登輝さんは、台湾を再生し、民衆を救っていくことのためなら自分は死んでもいい、という覚悟でやって来られました。だから、台湾は立派な国家になることができた。
 あなたは「このことのためなら私は死んでもいい」というものを持っていらっしゃいますか。自分の命をかけるものを、どうぞ持って下さい。「生きるための死」です。死んだ気でやって、できないことは何一つありません。ヨーロッパには古くから、
 「メメント・モリ」(memennto mori 死を思え)
 という言葉があります。死を追求していくところに、本当の人生が始まりますよ、という意味です。人生は一回限り、後戻りできません。死の向こうは天国です。死は通過点にすぎない。そこに至るまでの一日一日を精一杯生き抜くのです。それには「何のために死ぬか」というものをしっかり持つことです。
 武士道では、死ぬに値しないことのために死ぬことは「犬死」と呼ばれました。一方、命をかける価値のあるもののために死ぬことは「名誉」と考えられました。水戸黄門は、
 「戦場に駆けいって討ち死にすることは、誰にでもできることだ。生きるべき時は生き、死ぬべきときにのみ死ぬことを真の勇気という」
 と言っています。何のために死ぬかを、ふだんからしっかり持っていることが大切です。
 終戦後、昭和天皇が、アメリカ占領軍のマッカーサー元帥のところに出向きました。マッカーサーはそのとき、天皇は命乞いに来たのだろうと思いました。戦争に負けた国の元首は、命乞いをするか、亡命して逃げるかしかなかったからです。しかし昭和天皇はマッカーサーの前に立ち、
 「一切の責任は私にあります。すべての責任を私が負います。私を生かすも殺すも、あなたの手の中にあることです。しかしどうか国民を助けていただきたい
 といった内容のことを言いました。そのときマッカーサーは深く心を動かされました。
 マッカーサーは、かつてフィリピンにいたとき日本軍の進軍を受け、敗退を余儀なくされたとき、何万人もの兵士たちをおいて逃げた人です。自分と少数の将校は助かりましたが、他のすべての兵士たちは日本軍の捕虜となりました。マッカーサーは、自分の命さえ惜しまず国民のために語る昭和天皇を前にして、
 「(天皇の)勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までゆり動かした
 と、のちに回顧録に書いています。当初、会談を簡単に片づけようと思っていたマッカーサーでしたが、昭和天皇の言動に感動した彼は、約四五分間も話し込みました。


マッカーサーと昭和天皇。天皇は、「一切の責任は
私にあります。すべての責任を私が負います。私を
生かすも殺すも、あなたの手の中にあることです。し
かしどうか国民を助けていただきたい」と述べ、その
言葉は、マッカーサーの「骨の髄まで揺り動かした」。

 昭和天皇は、「このことのためなら私は死んでもいい」というお気持ちで、連合軍総司令官の前に立ったのです。マッカーサーは、「こんな立派な元首は見たことがない」と語りました。
 命をかける価値のあるもののためには、自分の命を惜しまない。昭和天皇のご行動は、まさに武士道のあらわれでした。
 「武士道というは死ぬことと見つけたり」――そして、このことの最高の模範は、イエス様にあります。イエス様は、この地上に何のために来られましたか。十字架にかかって死んで、私たちのために救いの道を開くためでした。死ぬためにこの地上に来られたのです。死というものの意味を徹底的に追及されたおかたです。
 決して死から逃げなかった。その身代わりの死によって、私たち人間に、罪と滅びから救われる道が開かれることを知っておられた。その死という一点に向かって公生涯を歩まれたのです。その死によって、人々の救いが成し遂げられる。死は救いを目的としていました。人々の救い、世界の救い、そのためにイエス様は死んでくださった。
 「私の生涯は死ぬことと見つけたり」
 というのがイエス様のご心境であられたことでしょう。イエス様こそ、武士道の最高の体現者でした。「このためには死んでもいいんだ」というものをはっきり持っておられたのです。

私利私欲を捨てること

 つぎに、「武士道というは死ぬことと見つけたり」――その第二の意味を見てみましょう。
 死ぬということは、自分に死ぬこと、つまり私利私欲を捨て去ることをも意味します。私利私欲のなかった人ととして、私がまず思い出す人は、西郷隆盛です。彼の頭の中には、日本のことしかありませんでした。
 日本を、西欧諸国の侵略に犯されることのない立派な強い国にするために、西郷さんは自分の命を惜しまなかった。その腹のすわった態度、私利私欲のない生き方は、接するすべての人々を圧倒しました。彼がいたからこそ、明治維新の偉業を達成できたのです。
 西郷さんは言いました。
 「天は、人も我も同一に愛してくださるのだから、我を愛する心をもって人を愛する。人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽くし人をとがめず、わが誠の足らざるを尋ねよ」(西郷南洲遺訓)
 天は、私も他の人々をも同一に愛してくださっているのだから、自分を愛する心で人を愛せよという。イエス様の教えと同じですね。武士道をきわめると、また日本精神をきわめると、イエス様の教えの高さまで行くのです。
 西郷さんは、キリスト教の教えを聞いたことがあったのかもしれません。たぶんあったでしょう。しかし大切なのは、武士道の理想と、イエス様の教えは一致するということです。
 武士道をきわめた西郷さんが、「我を愛する心をもって人を愛せよ」「人を相手にせず、天を相手にせよ」という。また「天を相手にして、己れを尽くし人をとがめず、わが誠の足らざるを尋ねよ」と。
 武士道をきわめると、それはイエス様の教えと同じなのです。私利私欲を捨て、天が教えて下さる道に生きるのです。人の益になること、公の益になることのために生きる。自分のために生きるのでない。
 日本のため、世界のため、また人のため、神のために生きるのです。内村鑑三先生が、
 「私は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために
 と言ったのは、その意味です。内村先生も、私利私欲を捨て、天を相手にして生きた人です。そうやって生きると、結局まわりまわって自分の祝福に帰ってきます。

滅私奉公の本当の意味

 武士道の根本は、「滅私奉公(めっしぼうこう)ということにあります。滅私奉公というと、今の人には、何か個人を無視した、馬鹿馬鹿しい封建時代の教えのように思えるかもしれません。しかしその本当の意味は、私利私欲を捨て、公のために生きるということです。
 考えてみると、イエス様の生涯こそ、本当の滅私奉公の生涯であったと思います。
 「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです」(ピリ二・六~八)
 イエス様は、私利私欲を捨てて、「ご自分を無にして」「仕える者の姿」をとられた。そして人間と同じようになられた。彼は「自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われた」。だからこそ、
 「神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました」(同二・九)
 と書かれています。イエス様は、神のために、人のために滅私奉公の生涯を送られたのです。そこには武士道の最高の模範があります。いや、イエス様のうちで、日本の伝統文化である武士道が完成しているのです。
 逆にいえば、日本精神を持つ者ほど、イエス様のお心に近づけるということでもあります。そう思うと、滅私奉公は、単なる封建時代の道徳ではない。じつは素晴らしい生き方なんだということがわかってきます。


自分を殺そうとする者たちによる不法な裁判の座に、ひるまず、
堂々と立って語られるキリスト。日本の武士道の完成した姿が、
キリストのうちにある ウィリアム・ホール画

 自分を捨てることによって、そこに本当の自分が生まれるのです。私を滅して公のために生きるときに、本当のあなたの生き方が始まる。私利私欲に生きる者は、結局何もかも失います。むしろ、私利私欲を捨てて公のため、神のために生きる者はすべてを得るのです。本当の滅私奉公というものを示してくださったイエス様の歩まれた道を、私も、いつも仰ぎ見、足りないながらあとを追いかけていきたいと思います。新渡戸稲造先生は、その著「武士道」の中で、
 「金銭なく、価格なくしてのみ、なされ得る『高貴な仕事』があるということを、武士道は信じた
 と言っています。お金とは関係のない、値段をつけることができない高貴な仕事というものが、この世にはあるのだということです。
 イエス様がなされたお仕事はまさにそうでした。それはお金ではかることのできないものです。お金のためになされたことでもない。そして、私たちの各自の人生にも、「金銭なく、価格なくしてのみ、なされ得る『高貴な仕事』」というものがあるのだ、というのです。
 そうだ、これこそ私にとってそれだ、というものをあなたが持ったならば、あなたの人生は変わります。昔の武士も、そうした仕事のために人生を捧げた人でした。明治維新の推進者たちもそうでした。
 内村鑑三先生も、また「われ太平洋の橋とならん」と言った新渡戸稲造先生も、李登輝さんも、みなそうした仕事があると信じた人々なのです。私も、人生にはそういう仕事があると信じています。西郷さんの有名な言葉に、
 「金も名誉も命もいらぬという人間は、まことに始末に困る。しかし、そのような人間でなければ、天下の大事はまかせられない
 とあります。私利私欲を捨てた人間でなければできない仕事がある。そういう人間でなければ、天下の大事はまかせられないと、西郷さんは言うのです。

かくすれば かくなるものと 知りながら

 明治維新を切り開いた吉田松陰(よしだしょういん)もこう言っています。
 「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂
 これをすれば損なことになる。破産するかもしれない。死ななければならないかもしれない。のけ者にされるかもしれない。それはわかっている。しかしそれを知っていても、人生でこれだけはしなければならないという仕事がある。
 かくすればかくなるものと知りながら、どうしてもこれだけはやり遂げなければならない。そういう、やむにやまれぬ大和魂が私の内にある。その心を持って、吉田松陰は大和魂に生きて、わずか二九歳で散っていきました。しかし彼の門下から、その後の明治維新をになった人材が続々と出ていったのです。金のためでない、私利私欲のためでない、そうしたものでは測れない大切な仕事があるということです。武士道はそれを教えてくれる。
 フランス語や英語に、「ノーブレス・オブリージュ」(no-blesse o-blige)という言葉があります。これは「高い身分に伴う義務」という意味ですが、高い身分や裕福な人には、そうでない人々を助けねばならない義務がある、という考え方を言っています。
 私たちは高い身分ではないけれども、クリスチャンとして、神様からもったいないほどの恵みをいただいている者です。そういう私たちには、ノーブレス・オブリージュ、その恵みに伴う義務というものがある。
 私利私欲を捨てて、公のため、人のため、神のために生きるという生き方を始めるとき、じつはそれが本当に自分のためになるのです。本当の自分を見つける道なのです。「金銭なく、価格なくしてのみ、なされ得る『高貴な仕事』」があります。
 心の内にわき上がる、押し出されるような思いによって、公のために生きる。自分に死んでしまうとき、本当の自分が生きるようになります。キリストの使徒パウロは、
 「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(ガラ二・二〇)
 と言いました。自分の私利私欲に死んでしまったら、本当の自分が生きるようになりました。それはイエス様にある自分という存在です。そのとき、自分の生涯は喜びと平安にみたされるようになったと言っているのです。
 使徒パウロの中に、私は武士道と同じものを見ます。パウロがなぜ、あれほどの迫害と苦難に耐え忍びながら、伝道を続けることができたか。それは彼の中にキリスト教的武士道があったからだと感じます。力強い信仰生活の秘訣がそこにあるのです。

人の命は短くはかない

 つぎに、「武士道というは死ぬことと見つけたり」――その第三の意味は、私たち人間の命は短く、はかないことを覚えて、人としての情けを持つことです。本居宣長の歌に、
 「敷島(しきしま)の大和心(やまとごころ)を人問わば 朝日に匂ふ山桜花
 とあります。大和心、日本精神とは何かと人が問うなら、それは「朝日に匂う山桜の花」のようですという。桜の花は、その美の下に刃も毒をも隠し持っていません。朝日が照らしてくると、花びらを開いてよい香りを周囲に放ち、人々を楽しませてくれる。その色は華麗ではなく、その香りも淡くして人を飽きさせません。
 桜は、時が来ると花開き、時が来ると自然の召しのままに、いさぎよく散っていきます。大和心、日本精神もそうです。自然の召しのままに、良い香りを放ち、人々を楽しませ、短くも美しい人生を送って、いさぎよく散っていく。日本人は昔から、「花は桜木、人は武士」といいました。武士も桜のように美しく生き、美しく散っていくことを理想としたのです。
 人の命は短く、はかないものです。今朝私が起きると、とても不思議なことがありました。玄関に置いていた花瓶に、ひびが入り、中の水がこぼれていたのです。昨晩みたときは、そんなことはなかったのに。また、誰も花瓶にさわっていないのに。
 なにもしないのに突然割れるなんて、こんなことがあるんだろうかと思いました。すると、そのときK姉から電話が入って、娘のMちゃんがいま天に召されましたとの連絡が来たのです。
 二一歳。早すぎる死です。白血病で入院していました。入院する前には、私たちの教会にも何度か来てくれました。彼女は看護婦になりたいと言って、病床でも勉強していました。私たちの祈りを通して、医者が不思議に思ったほど、幾度か危機を脱したことがありますが、三年の闘病生活のすえ、天に帰りました。桜のように咲き、桜のように散っていきました。
 彼女は、私たちも何度か見舞いに行ったとき、そのたびに良い思い出をくれました。イエス様がヨハネの福音書で語っておられる永遠の命の言葉にうなずき、祈っていました。今は彼女が天国で安息に入っていることが、唯一の慰めです。人の命は短く、はかない。でも、短いながらも美しく生きる生き方がある、と信じるのが武士道です。また大和心、日本精神です。

短いながらも美しく生きる

 イエス様のご生涯は、その最高の模範といっていいものです。日本精神をきわめればきわめるほど、イエス様の素晴らしさがわかります。
 死をいたずらに恐れるのでなく、人生の一部ととらえて、短いながらも美しく生きる。武士はそれを理想としました。イエス様はそうした日本精神の最高の理解者です。
 短いながらも美しく生きる生き方とは、何か。それは人としての情けを持つことです。自分もはかない命だからこそ、はかないものに対して情けを持つ。中国に
 「窮鳥(きゅうちょう)、懐(ふところ)に入る時は、猟夫(りょうふ)もこれを殺さず」
 という言葉があります。窮した鳥、追いつめられた小鳥が自分の懐に助けを求めて飛び込んで来たときには、さすがの狩人もこれを殺そうとはしない、という意味です。はかない命をみれば、同情を寄せて助ける。武士道にも「武士の情け」という言葉があって、武士は、はかないものをみれば情けをかけることを常としました。
 戦国時代、武田信玄とその領地内の人々が、塩がなくて苦しんだことがありました。それを知ったとき、武田信玄のライバル・上杉謙信は、そこに塩を送って武田信玄とその領地の人々を助けました。敵に塩を送った。武士の情けです。
 たとえ敵対関係にある相手であっても、相手が苦しい立場にあるときには、助けてあげるということが日本の武士道にはあったのです。新約聖書でも、使徒パウロが言っています。
 「もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです」(ロマ一二・二〇)
 これは武士道の教えです。キリスト教的武士道。情けを知った者の言葉です。死というものを徹底的に追及した者こそ、情けを知ることができます。
 ヨハネの福音書に、イエス様がラザロをよみがえらせた話が載っています。ラザロが死んで四日目、イエスはその墓に行かれた。まわりでは人々がラザロの死を悼んで、泣いていた。またマリヤやマルタも泣いていた。そこに来られると、
イエスは涙を流された」(ヨハ一一・三五)
 と書かれています。聖書中、最も短い節です。でもそこには、イエス様の深い真理が込められている。人間にとって最も大切なのは、この情けということです。
 イエス様は本当はここでは涙を流す必要がなかったのです。なぜならイエス様は、この直後にラザロをよみがえらせているのですから。でも、死という現実が人間界にかくも悲しみをもたらしているということを目の前にして、イエスは涙を流された。
 その一滴一滴の涙に、人生の深い真理が映されています。

惻隠の心

 昔、樋口季一郎(ひぐちきいちろう)という軍人がいました。日本陸軍の中将です。彼は一九三八年のある日、ナチスの迫害をのがれてシベリヤ方面からやって来たユダヤ人難民たちが、満州の極寒の中で立ち往生していると聞きました。
 そのユダヤ人たちの数、約二万人。樋口さんは彼らを救うために奔走して、日本の軍隊の保護下におきました。そして彼らを助けたのです。その中には、今イスラエルで政治や教育や経済界などで大きな働きをしているユダヤ人たちもたくさんいます。
 戦後、樋口季一郎さんは彼らユダヤ人たちから、深い感謝と尊敬を受けました。彼の名は、イスラエルの「ゴールデン・ブック」といって、ユダヤ人を助けた人々を記録する本の中に、シンドラー(ナチス・ドイツの支配下でユダヤ人を助けたドイツ人)などと共に記されています。
 なぜ樋口さんが、彼らユダヤ人を助けたのか。それは武士の情け、そして「惻隠(そくいん)の心」です。惻隠の心とは、一言でいえば「思いやりの心」です。また「井戸に落ちた子どもを必死になってかばって守る」というところから来た言葉です。子どもが井戸に落ちたらどうしますか。必死になって助けるでしょう。それが人の情けです。


樋口季一郎・陸軍中将。
中国大陸のユダヤ人らを救った。

 樋口さんはさらに、「四海同胞」という理想を持っていました。世界はみな兄弟、だから人種差別のない世界を来たらせることを目標に生きていた人だったのです。その根底には、日本古来の武士道がありました。
 武士道というのは、戦うことだけにあるのではないのです。情けも武士道の一側面です。戦わなければならないときは戦うけれども、目指しているのは本当の平和です。命が手を取り合って、共に喜びあいながら生きる世界です。
 かつて聖書と日本フォーラムの伊勢大会で、イスラエルのエリ・コーヘン大使が、
 「日本の武士道も、ユダヤ道も、その究極のところは人を愛するところまで行きます
 と言われました。本当に強い人間は戦わない。平和をつくる。愛ということを知っている。空手五段の武道をきわめたコーヘン大使がそう言うのを聞いて、「私もそうだ、その通りだ」と思いました。
 日本の武士道が目指したものは、戦いではなく、究極の平和であり、愛に満ちた世界であったと新渡戸稲造先生も言っています。そうした理想はどこから来るのでしょうか。それは私たち人間ひとりひとりが、はかない短い命の者だという自覚を持つことから来ます。そこに情け、惻隠(そくいん)の心というものが生まれるのです。
 同じはかない命を持つ者として、同じはかないものに対して情けを持つ。これは人間として、とても基本的なことではないでしょうか。日本精神はそれを教えてくれます。武士道はそれを教えてくれます。聖書はそれを教えてくれます。

クリスチャンと武士道

 武士道にはほかにも、たくさんの特質があります。義務を重んじること、勇気、忍耐、礼、誠、名誉、忠義、克己など、多くのものがあります。きょうは、そのうち幾つかだけをお話ししました。基本的に、武士道というは死ぬことと見けたり。それは、死というものを徹底的に追及したところに、初めて有意義な生が生まれるという哲学なのです。そこにこそ、本当の生き方がある。充実した生き方があるという。勇気も、誠も、愛も、情けもすべてそこから生まれてきます。
 日本精神の中心がそこにあります。そしてそれがイエス様において完成しているのを、私たちはみるのです。イエス様こそ、日本精神の、武士道の最高の模範です。
 なぜクリスチャンの内村鑑三や、新渡戸稲造がこれほどまでに武士道の大切さを世界に向かってアピールしたのか、なぜクリスチャンの李登輝さんが、自分を動かしてきたものは武士道でしたと告白できたのか。今日の日本のクスチャンたちは、こうした日本精神、武士道を見向きもしません。しかしそこにこそ今の日本の教会の欠陥があるのです。私たちはもっともっと、日本精神を見直したほうがよいのです。それは神様がこの日本に下さった宝です。それをおろそかにしてはいけません。
 じつは本当はクリスチャンたちこそが、武士道をはじめとする日本精神を掘り起こし、その素晴らしい意義を回復できる人たちだと私は信じています。いや、クリスチャンたちこそがそれをやらなければならない。作家の宮崎正弘さんが、李登輝さんの『「武士道」解題』を読んで、
 「武士道を……キリスト教の眼を通して解釈すると、これほどまでにグローバル(地球的)な拡がりになるのかと感心して読みました」
 と書いています。そうです。イエス様の教えを知っているクリスチャンこそが、武士道、また日本精神の良いものを汲み取っていける、伸ばしていけるのです。どうぞ、イエス様にある日本精神を、身につけなさることをお勧めします。それは「命を大きく使ってみたい」という人には、最高の力となります。
 そしてそのような精神こそが、日本全体を、また世界を変える力となるのです。

 

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