イエス・キリスト苦難と復活

 ひそかに心の中で覚悟をきめて、エルサレムに上ったイエスは、敵意を抱くユダヤの祭司長や律法学者と対決しながら、最後の晩餐を終え、オリーブ山の麓で祈りを捧げたのち、ローマ兵に捕縛され十字架刑にかけられましたが、三日目には復活、弟子たちの前に姿を現し、福音を広く世界に伝える使命を与えました。
これらは受難物語といわれ、福音書をしめくくっています。

 

 

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<イエス、エルサレムへ> 

過越の祭りを一週間後にひかえて、イエスと弟子たちはエルサレムへ向か いました。 エルサレムは敵対勢力が、手ぐすねひいて待ち構えており、イエスにとって はひそかに死をも覚悟の旅でした。 “一行がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んでい かれた。それを見て弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。イエスは再 び十二人を呼び寄せて、自分の身に起ころうとすることを話しはじめ られた。 「今、わたしはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや 律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人 に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったう えで殺す。そして人の子は三日ののちに復活する。” (マルコ10章32~34節) 弟子たちは不安を抱きながらも旅を続け、オリーブ山のふもとのエルサレ ムに近いベタニア村(*1)にさしかかりました。 イエスは二人の弟子を使いに出して言いました。 「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだ誰も乗ったこ とがない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどい て連れて来なさい。」 二人の弟子たちはイエスの言葉に従って村に入り、しばらく行くと、ろばの 子がつないであったので、つなをほどき、イエスのところへ連れて来ました。 弟子たちが、ろばの子の上に自分の着ていた服をかけ、イエスがそれに乗る と不思議ことがおこりました。 イエスがそれに乗って、エルサレムへ向かうと、多くの人々が自分の服を道 に敷き、またほかの人々は野原から葉の付いたしゅろの枝を切って道に敷き ました。そして前へ行く者も、後ろに従う者も叫びました。 「ホサナ(*2)。主の名によって来られた方に祝福があるように。 われらの父ダヴィデの来るべき国に、祝福があるように。 いと高きところにホサナ。」 その夜イエスは十二人の弟子たちとともにエルサレムを出てベタニアの村 へと戻りました。

 

<神殿から商人を追い払う>

翌日ベタニア村を出た一行は再びエルサレムへ入り神殿の境内を進んで行 きました。 境内には参詣人を相手に暴利を貪る商売人たちが屋台をひろげ、さかんに 客を呼び込んでいました。イエスはそれを見ると、商売人を境内から追い出 しはじめ、人々の目の前で彼らの屋台や腰掛けをひっくり返し、彼らにむか って声を荒げて、予言者イザヤの言葉を引いて一喝しました。 「これらのものを、ここからすべて取り去れ。わが父の家を商売 の家とするな。“わが家は、もろもろの国民の家と呼ばれるべ きである”と書いてあるではないか。ところがお前たちはそれ を強盗の巣にしてしまった。」 これを聞いてイエスに敵意を抱くユダヤの祭司長や律法学者たちは、イエ スをどのようにして抹殺しようかと謀りはじめました。イエスを生かしてお けば、いつの日か彼は民衆とともにユダヤの体制をおびやかす反乱の種とな るからと考えたからです。 夕暮れになってイエスと弟子たちは、危険な夜をエルサレムで過ごすこと を避けて、城門を出て、ベタニアの村に引き返しました。

 

<律法学者らとの議論>

翌日も翌々日もイエスと弟子たちはエルサレムに姿をあらわしました。 神殿の境内を歩いていると、待ち伏せしていた祭司長、律法学者、長老たち がイエスを見つけて言いました。 「いったい、何の権威であのような乱暴狼藉を働いたのか。 だれがそうする権威を与えたのか。」 イエスは反問します。 「ではわたしが答える前に、ひとつ尋ねたいことがあるから答 えて欲しい。ヨハネの洗礼は天からのものであったか。それと も人からのものであったか」 祭司長たちは答えることが出来ませんでした。民衆は皆、ヨハネを神の言葉 を告げる[予言者]と信じ、洗礼は神(天)からのものと信じており、祭司長たち が“天からのもの”といえば何故ヨハネを信じなかったと言われ、民衆を恐 れた彼らは“人からのもの”とは言えなかったのです。 イエスは言いました。 「もしも、それに答えを出すことが出来ないなら、何の権威でこ のようなことをしたのか、わたしも答えを言うことはすまい。」

 

<ナルドの香油>

過越の祭りが迫り、祭司長や律法学者はイエス逮捕の時をめぐって、秘策を 練っていました。 一方イエスはベタニア村のらい病人で支持者のひとりであるシモンの家で 身をひそめていました。 イエスがシモンの家で弟子たちとともに食事の席に着いていると、ひとりの 女性が香油の入った石膏の壷を持って来てイエスに近寄り、その場で壷を壊 し、イエスの頭に香油をそそぎかけました。 この香油は高価なナルドの香油(*3)だったので、弟子の一人が怒りに耐えか ねるように言いました。 「なぜ、こんな高価な香油を無駄にするのです。この香油なら三百 デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」 ヨハネ福音書は、厳しくとがめられたこの女性は、ベタニア村のマルタの姉 妹のマリアで、その同じ席に彼女たちの兄弟で、イエスによって死者の中から よみがえったラザロがいたことを伝えています。  イエスはこう答えました。 「この女のするままにさせておくがよい。なぜこの女を困らせる のか。わたしに良いことをしてくれたのだ。もし良いことをし てあげたければ、いつでもできる。だが、わたしはいつも一緒に いるわけではない。この女はできる限りのことをした。つまり 前もってわたしの体に香油をそそいで、葬りの日の準備をして くれた。はっきり言っておく。世界中どこでも福音書が宣べ伝 えられるところでは、この女のしたことも記念として語り伝え られるだろう」 イエスのいう"葬りの日"という言葉に弟子たちは緊張し、互いに顔を見合わ せ、しまいには黙り込んでしまいました。

 

<最後の晩餐>

  過越の祭りの前夜、イエスは弟子たちにひそかにエルサレムに入り、過越の 食事を用意するように命じました。 「市内に入ると、水がめを持った男の人がいる。その人のあとに ついて行くがよい。そしてその人が入ってゆく家の主人にこう 言いなさい。 “過越の食事をする座敷はどこですか。” すると主人は二階の広間を見せてくれるだろう。」 弟子たちがエルサレムに入ると、イエスの言ったとおり水がめを持った男が があらわれ、家の主人に手引きして、彼らを二階の広間に案内しました。 夕方になるとイエスは十二人の弟子たちを連れてその家に行き、二階の広間 にあがりました。 一同が食事をはじめると、イエスは弟子たちに言いました。 「あなたがたの中のひとりで、わたしと一緒に食事をしているも のが、わたしを裏切ろうとしている。」 弟子たちは驚き、沈痛な面持ちで、ひとりひとり言いました。 「主よ、まさかわたしではないでしょうね。」 イエスは言いました。 「十二人の中のひとりで、わたしと一緒に同じ鉢にパンを浸して いる者がそれだ。」 それからイエスはゆっくり、まるで自分自身に語り聞かせるように言葉を続 けました。 「人の子は、たしかに自分について書いてあるとおりに去ってゆ く。しかし、人の子を裏切るその人は不幸だ。その人は生まれな かった方がよかったのだ。」 弟子たちはおびえました。そしてイエスのすぐ隣で食事の席についていた弟 子のひとりが、イエスの胸元に寄りかかるようにして 「それはだれのことですか。」 とたずねました。 イエスはパン切れを浸してとると 「わたしがこれを与えるのがその人だ」 と答えてイスカリオテのシモンの子ユダに与えて言いました。 「しようとしていることを、今すぐするがよい。」 ユダはパン切れを受け取ると、階段をおりて消えていきました。 足音が遠ざかり、部屋の中に静けさが戻ったとき、イエスはパンをとると、祝 福してそれを裂き、弟子たちに言いました。 「取りなさい。これはわたしの体である。」 それから杯をとり、感謝の祈りをして彼らに与えて言いました。 「これは多くの人のために流すわたしの契約の血・・・・・。 はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどう の実からつくったものを飲むことはもう決してあるまい。」 弟子たちはその杯からひとりひとり飲みました。 イエスの血と肉をいただいた弟子たちの心に、不思議な思いが潮のように満 ちて、大きな安心に包まれました。 そのあと一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ向かいました。

 

<ゲッセマネの園>

  一行がオリーブ山ふもとのゲッセマネ(*4)というところに着いたとき、イエ スは弟子たちに言いました。 「わたしが祈っている間、ここに座っているがよい。」 そしてペテロ、ヤコブ、ヨハネを伴って進んでいきましたが、イエスは何かに ひどく恐れて、もだえはじめ、彼らに言われました。 「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れないで、目を覚ま していて欲しい。」 イエスは少し進んでいって地面にひれ伏すと、できることならこの苦しみの 時が過ぎ去るようにと祈り、こう言われました。 「父よ、あなたにはできない事はありません。どうかこの杯(苦 難のこと)をわたしからとりのけて下さい。しかし、わたしが願 うことではなく、御心に適うことが行われますように。」 イエスの、志半ばで死に向かう無念の叫びが聞こえてくるようです。 イエスがもどってみると弟子たちは眠りこけていました。 イエスはペテロに言いました。 「シモン、眠っているのか。わずか一時でも目を覚ましている ことが出来なかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして 祈っていなさい。心は燃えても肉体は弱い。」 それからイエスは再びもどって行って、倒れるように地に伏すと、祈りはじ めました。その間中、弟子たちは眠りこけていました。 イエスは三度目にもどって来て言いました。 「まだ眠っているのか、休んでいるのか。もうよい、時が来た。 人の子は罪人たちの手に渡される。立ちなさい、さあ行こ う。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた。」 イエスの言葉がまだ終らないうちに、暗闇に中をユダが進んでくるのが 見えました。ユダの後ろには剣と棒を持ったローマの兵と群衆が従っていま した。 ユダは近づくとすぐ「先生」と言って、イエスに接吻しました。 するとその接吻を合図に、いっせいに剣を持った者がイエスにとびかかり、 捕まえました。 イエスが後手に鎖をかけられ、大祭司の家に引き立てられて行くのを見て、 弟子たちは、くもの子を散らすように闇の中に消えていきました。

 

<尋問とペテロの否認>

ゲッセマネで捕縛されたイエスは捕吏たちに連行され、大祭司カイアファ の邸宅に押し込まれ、尋問をうけます。 多くの証人が進み出て、イエスの犯罪を立証しましたが、決定的証拠のない ままに、時間だけが経過していきました。 イエスは口を閉ざしたままでした。たまりかねて大祭司が立ち上がります。 「どうして何も答えないのか。人々は皆不利な証言をしてい る。いったいあなたはどうなのか。」 大祭司はそれでもなお沈黙し続けるイエスに言いました。 「あなたはほむべき方の子、メシアなのか。」 そのときはじめてイエスが口を開きました。 「あなたの言われるとおりです。あなたがたは、人の子が天 の雲に乗ってくるのを見るでしょう。」 大祭司はこれを聞くと衣を引き裂いて言いました。 「これ以上、どうして証人の必要があるのだろう。わたしたち は、この耳で、この男が神をけがす言葉を聞いたのだから。」 人々は騒然となって、口々にイエスを死罪と断定し、つばを吐きかけ、目隠し をして、「あててみよ」などと言いながら、こぶしや手のひらでイエスをたた きました。 そうした騒ぎの輪からひとり離れて、ペテロが中庭に座っていたとき、通り かかった大祭司の召使の女が、ペテロを見とがめて言いました。 「お前さんは、たしかあのナザレ人イエスと一緒だった。」 ペテロはあわてて、私は知らない、と打ち消すと、その場を立ち去りかけまし た。すると女が、彼を指して 「この人は間違いなく、あのナザレ人イエスの仲間だ。」 と言いました。 ペテロは再び強く打ち消しましたが、今度は周囲の人たちが、騒ぎ立てて言い ました。 「お前さんは確かに、彼らの仲間だ。お前はガリラヤ人だから。」 ペテロは激しく否定し、呪いの言葉さえ口にしながら「わたしは、ほんとうに、 その人のことなど知らない。」と言いました。 そのとき、にわとりが鳴きました。 ペテロは 「にわとりが二度泣く前にあな たは三度、わたしを知らないと言うだろう。」と言われたイエスの言葉を思い出 し、外に出ると、こらえきれずに激しく嗚咽しました。深い悲しみが傷口から流 れ出る血のようにあとからあとから噴き出してきました。 異例の深夜の尋問は明け方になって終りました。イエスは神殿を侮辱したと して涜神罪の罪を着せられ、ローマ総督のもとに移送されていきました。死刑 執行の権限はローマ総督の手に委ねられていたからです。

 

<ゴルゴダの丘>

ローマ総督ポンティオ・ピラトは引き立てられて来たイエスを前に途方にく れていました。 イエスは自分に対する祭司長や律法学者の不利な証言のあいだ中、一言も弁 明しないだけでなく、沈黙を押し通し続けています。 ピラトは、イエスは人にねたまれただけで罪はなく、過越の祭りの日には自分 の権限で囚人の一人を赦免することが出来るという定めを、この男に適用しよ うと思い、集まってきた群衆に向かって言いました。 「お前たちは、だれを赦して欲しいか。強盗のバラバか、それ ともキリストと言われるこの男か。」 一方ユダヤの祭司長や長老たちはイエスを危険な人物と断定していました。 彼は民衆の前で、公然と彼らの権威に挑戦し、それをあざ笑ったのです。今さ らイエスを赦すことなど出来ないと考え、群衆に向かってイエスではなく、バ ラバの赦免を求めるように煽動しました。 群衆はピラトに向かって 「バラバを!バラバを!」と叫びました。 そこでピラトは改めて言いました。 「それではユダヤの王とお前たちが言っているあの者につ いては、どうして欲しいのか。」 群衆はまた叫びました。 「十字架につけよ。」 ピラトは言いました。 「いったい、どんな悪事を働いたというのか。」 群衆はますます激しく「十字架につけろ」と叫びたてました。 ピラトは群衆の叫びに引きづられるように、バラバを釈放しました。 イエスはその場で鞭打たれ、十字架につけられるために、兵士たちの手に引き 渡されました。 兵士たちは、イエスに紫の服を着せ、茨の冠をかぶらせ、葦の棒で頭を叩き、 「ユダヤ人の王、万歳」と言って拝んだりしました。 このようにしてイエスは侮辱され、十字架につけられるためにゴルゴタ(その 意味は"されこうべ")というところに連れていかれました。 兵士たちはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合いまし た。それは朝の九時頃でした。 昼の十二時になると全地は暗くなり、三時まで続きました。 そして三時にイエスは大声で 「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」と叫んで息絶えました。 それは 「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」 という意味です。 そのとき、神殿の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂けました。 イエスの母マリア、マグダラのマリア、そしてサロメ(イエスの母の姉妹・・・ヨハ ネ福音書)が遠くからイエスの死を見守りました。 すでに夕暮れははじまっていました。その日はユダヤの安息日の前日だった ので、アリマタヤ出身のイエスの弟子の一人で、身分の高い議員であるヨセフ が、イエスの遺体を引き取らせて欲しいと、ピラトに願い出て、その許しをえま した。ヨセフもまた神の国を待ち望んでいたのです。 ヨセフは亜麻布を買い求め、イエスを十字架から降ろして、その布で巻き、岩 を穿って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておきました。 このようにして、すべては終わり、マグダラのマリアとイエスの母マリアがイ エスの遺体を納めた場所を見つめていました。

 

<復活の証人たち>

イエスは人間の罪を負って、十字架上で償いの死を遂げ、三日目に復活しまし た。そしてその復活を目撃した証人たちにより、福音が全世界に伝えられてい きました。 ーマグダラのマリアー アグダラのマリアが墓に着いたのは、週の初めの日、まだ夜明け前のことでし たが、墓に着いてよく見ると、墓の入り口にころがしておいたはずの大きな石 が取り除けられ、イエスの遺体があとかたもなく消えていました。 マリアは驚き、急ぎペテロのもとへとって返し、彼女が目撃した異変を告げま した。ペテロらが駆けつけ、墓穴に入ってのぞいて見ると、やはりイエスの遺体 は影も形もなく、遺体を包んだ亜麻布と頭部をおおった布が、離れたところに ばらばらに丸めてあるばかりでした。それを見て彼ら弟子たちは家に帰ってい きました。 マリアは墓の外に立って泣いていました。泣きながら身をかがめて墓の中を 見ると、イエスの遺体がおいてあったところに、白い衣を着たふたりの天使が いて、そのひとりがマリアに言いました。 「なぜ、泣いているのですか」 マリアが答えました。 「だれかが、わたしの主の亡骸を持ち去ったのです。どこにいったか わからないのです。」 そう言って後ろを振り向くと、そこに誰かが立っており、その人が言いました。 「女よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか。」 マリアはその人は墓守に違いない、と思い言いました。 「もしもあなたがわたしの主を、どこかへ移したのでしたらどう ぞおっしゃって下さい。わたしが引き取ります。」 するとその人は彼女に言いました。 「マリアよ」 マリアが驚いて振り返ると、そこにイエスが立っていました。マリアが思わず 「ラボニ」(ヘブライ語で先生の意味)と言って駆け寄りました。 イエスは言いました。 「わたしに触れてはならない。わたしはまだ、天の父のもとに帰っ ていないのだから。」 イエスは昇天のため、あるいは聖霊の降誕のためには、私情を超えた別れが必 要であることを諭したのです。 マリアは弟子たちのところへ行って「わたしは主を見ました」と告げ、また主か ら言われたことを伝えました。

 

ーエマオの道ー

その同じ日、エルサレムから七マイルほど離れたエマオという村に、二人の弟 子が向かっていました。二人は歩きながら、この数日、エルサレムで起こった悲 しい出来事を互いに語り合っていました。 そのとき一人の旅人が彼らに近づき、いつの間にか並んで歩いていることに彼 らは気がつきませんでした。 その旅人が彼らに尋ねました。 「その話というのは、いったい何のことですか。」 ひとりが答えました。 「エルサレムに滞在していながら、この数日、そこで起こったこと をご存知ないのですか。」 それから彼らはナザレのイエスが十字架につけられてから今日で三日目にな ること、ところが今朝、仲間の女性たちが墓に行ってみると、墓の中はもぬけの からであったこと、途方にくれていると天使があらわれ、イエスは生きていると 告げられたことなどを旅人に語りました。 旅人は黙って聞いていましたが、やがて語りはじめました。 「あゝ、あなたがたの心が鈍いために、予言者が語ったことを信じ ることが出来ないのです。キリストは苦しみをうけたのち、神の 栄光に入ると言ったはずではなかったのですか。」 旅人はそのように語り、それからキリストについて書いてあることを、聖書全 体にわたり、ひとつひとつ丁寧に説き明かしました。 するとそのとき突然、弟子たちの目が開け、目の前にいる旅人がイエスである ことに気がつきました。 しかし次の瞬間、イエスの姿はかき消すように彼らの視界から消えました。 ふたりの弟子は急ぎエルサレムに引き返すと、その不思議な体験を仲間たちに 話して聞かせました。

 

ーガリラヤ湖のイエスー

その後イエスはガリラヤ湖の岸辺で漁をしている弟子たちに現われました。 シモン・ペテロ、トマス、ナタナエル、その他の弟子たちが、それを自分の眼で確 かめました。 その夜は一晩中、なんの獲物もなく、彼らは疲れ果て、明け方近く漁からもどる 途中、船が岸辺に近づいたとき、何者かが湖岸に立っているのを見ました。 それはイエスであったのですが、彼らはそのことに気づきませんでした。 その人が彼らに言いました。 「なにか、食べ物はあるか。」 彼らが「何もありません」と答えると、その人は 「船の右側に網を打つがよい。そうすればとれる。」と言いました。 そこで言われたとおりにすると、たちまち一度に大量の魚が網にかかり、網を引 き上げることが出来ないほどでした。そのときひとりの弟子がペテロに向かって 叫びました。 「あの方は主だ」 ペテロはそれを聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖水に飛び込み、岸 辺に向かって泳ぎ始めました。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて岸辺に 漕ぎつけました。陸に上がってみると、炭火がおこしてあり、その上に魚とパンが のせられてありました。イエスがパンを取って裂き、弟子たちに分け与えました。 魚も同じようにしました。一同のうち、ひとりとして、それがイエスであること を疑う者はいませんでした。 マルコ福音書は、このあとイエスが弟子たちに現われ、全世界に福音を宣べ伝え るよう語り、そののち天に上げられたことを伝えています。

 

http://www.ne.jp/asahi/koiwa/hakkei/kirisitokyou11.html