「教会員の手引き」

はじめに


会員になりたいと願う方々のため、教会会員の手引きの作成を作りました。この教会会員の手引きを学び、ひとりでも多くの方が、喜びをもって、教会員となり、信仰の道をともに歩まれるよう、心からお祈りいたします。


1.改革派教会について


「改革派教会」という名称は、16世紀にヨーロッパ大陸で起こった宗教改革運動の中で生まれた名称です。ドイツでは、マルチン・ルターが、スイスではジャン・カルヴァンが、宗教改革運動の指導者として活躍しました。ヨーロッパ中世の教会は、聖書が教える本来のキリスト教信仰から外れ、堕落していました。そのため、教会を再び聖書の教えに立ち返らせるために起こったのが、宗教改革運動です。特に、スイスのジュネーブで、改革運動に献身したカルヴァンの信仰的伝統は、改革派教会に受け継がれました。

 この「改革派教会」という名称は、「神の言葉によって改革された教会」という意味を持ちます。ルターが行った宗教改革運動は、中心点においてはともかくも、いくつかの面で十分に改革し尽せなかった面がありました。それに比べ、カルヴァンたちが指導した改革派教会は、神の言葉である聖書によって、徹底的に教会を改革しようとする努力を惜しみませんでした。

 このようにして、プロテスタント(新教)キリスト教が誕生しました。その2大源流としてルター派と改革派という2つの教派が生まれました。このようなわけで、歴史的に見ると、改革派教会は、プロテスタントキリスト教の中で、最も古い伝統を持っています。また、英国や米国で、あるいは日本においても、長老派教会と呼ばれる教派がありますが、長老派教会は、改革派教会が長老を立てて教会を治めるところから呼ばれた名称で、すなわち、教会政治の面から表した名称で、改革派教会と長老派教会は、ともに、宗教改革者カルヴァンに由来する改革派信仰に立ちます。

 「改革」という言葉は、革命とは違いまして、原型に戻すことを意味します。16世紀の宗教改革で生まれた教会のことを「新教」と呼び、ローマ・カトリック教会、すなわち、旧教と区別していますが、しかし、新しいタイプの教会を意味するのではなく、あくまで原型に戻された教会を意味します。

 それでは、その原型とは何でしょうか。それは、特に紀元1世紀に、キリストの弟子(使徒)たちによって建てられた教会です。それは、新約聖書に示されている教会で、これこそ、わたしたちが常に立ち返らなければならない教会の原型です。この主張を最も強くもち、しかも、それに立ち返ろうとする姿勢をいつももち続けている教会が改革派教会です。改革派教会は、聖書を神の言葉、また、信仰と生活の唯一の規準として固く信じています。その点においても、最も強い姿勢をもっている教会ということができます。


2.日本キリスト改革派教会について


 日本の改革派教会の歴史はどうでしょうか。日本では、明治の初め、主として米国の宣教師たちによって、プロテスタント・キリスト教が伝えられました。その中でも、改革派の立場に立つ外国宣教師たちの働きは大きな実を結びました。やがて、その信仰を受け継ぐものとして、日本基督教会というプロテスタント最大の教派ができました。その教派は、広い意味では、改革派の信仰をもつ教会でしたが、厳密な意味では、必ずしもそうとは言えない側面がありました。

そして、やがて軍国主義と神道的国家観の下で、信教の自由が政治の力で侵される時代が到来しました。昭和16年に、政治的な圧力で、日本基督教会を含むプロテスタント諸教派が、日本基督教団として統合されました。この統合は、形の上では、教派分裂を解消するかのように思われました。しかし、その内実は、聖書が示す原型としての教会とその信仰に立ち帰ろうとする改革派教会の基本姿勢に反するものでした。

 昭和20年8月、日本の敗戦とともに再び信教の自由が日本の教会に与えられました。そして、昭和21年4月28日、日本基督教団から脱会して、純粋な改革派信仰に基づいた教会を建てようと切望する9名の牧師と3名の長老によって、「日本基督改革派教会」が創立されました。日本基督改革派教会は、17世紀に英国で作成されたウェストミンスター信仰基準(信仰告白・大教理問答・小教理問答)を信仰規準として採用しています。この信仰規準は、聖書の教えを体系的に最もよく示した優れた信条文書です。その後、ジュネーブ教会信仰問答とハイデルベルク信仰問答の建徳的な使用価値を認め、積極的に用いることを奨励しています。また、政治規準・礼拝指針・訓練規定を完備し、成長してきました。

 創立当初は、8教会2百余名の会員でしたが、2006年度の統計で、137教会(教会86、伝道所51)、会員総数9,749名となり、2006年5月には、創立60周年記念信徒大会を行い、今創立70周年を目ざして歩んでいます。近い将来、会員総数1万名を超えると思われます。

教会を治めるかたちは、長老主義教会政治と言われるかたちで、会員総会で選出された長老たちにより、教会が治められます。また、教会組織は、小会・中会・大会という3段階の会議をもち、中会は、東北中会、東関東中会、東部中会、中部中会、四国中会、西部中会に分けられています。また、神戸に大会立の改革派神学校をもち、牧師となる者の教育と訓練が行われています。なお、大会立ではありませんが、東北中会、東関東中会、東部中会に公認された牧師の養成所として、改革派神学研修所が東京と仙台にあります。

 日本キリスト改革派教会(日本基督改革派教会を改名)」は、米国の「キリスト改革派教会」(CRC)、「正統長老教会」(OPC)、「アメリカ合衆国長老教会」(PCUSA)、「韓国の大韓イエス教長老教会](高神)などの外国宣教師団と協力関係を結んでいます。また、世界改革派教会協議会(REC)にも正式メンバーとして加わり、外国にある同信の教会との交わりを深めています。


3.教会員の生活について


(1)教会の会員としての信者

 キリストを信じて救われた信者は、教会の一員、すなわち、教会員として信仰の歩みをすることになります。そこで、教会の大切さを理解しましょう。教会は、一人一人の信仰にとってなくてはならぬ重要なものです。教会があって、福音を宣べ伝えているので、それを聞いて、一人一人が救われ、信仰を持つことができたのです。そして、信仰は、教会の公同礼拝を中心とした集会によって養われ、育てられていくのです。そして、最後に、教会を通して、天国に送ってもらうのです。それゆえ、教会は、「信者の母なる教会」と言われます。教会が信者を生み出し、育てていくのです。

 また、教会は、キリストの体なる教会とも言われます。キリストが頭(かしら)であり、わたしたち信者は、かしらであるキリストにつながる体です。ですから、一人一人の信者は、孤立した信者ではなく、キリストの体なる教会の一員、神の民の一員、信仰共同体の一員として歩みます。「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」と、使徒パウロが教えています(コリントの信徒への手紙一12章27節)。

 教会から離れて信仰は成り立ちません。信者、クリスチャンは、教会の一員として歩むのです。キリスト教信仰は、ひとりでしていくものではなく、信仰の仲間と共に教会として、共に喜び、共に励まし合っていくものであることを覚えましょう。


(2)教会と信仰の仲間のために祈る

 教会員になりましたら、毎日、自分のため、また、自分の家族のためにと共に、教会と信仰の仲間のために祈りましょう。自分が所属する教会の維持と発展のため、礼拝をはじめとする諸集会のため、教会のいろいろな活動のため、子供たちのため、教会学校のため、新しい人々が教会に導かれるように、受礼者が起こされるように、契約の子が信仰告白に導かれるように、牧師や長老の方々や執事の方々のため、その他、いくらでもお祈りの課題はあります。毎日、聖書を読むとともにお祈りしましょう。「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」(テサロニケの信徒への手紙一5章16-18節)という御言葉を覚えましょう。


(3)週の初めの日の公同礼拝を毎週定期的に守ることの大切さ

教会生活の中心は、週の初めの日の公同礼拝を毎週定期的に守ることです。公同礼拝は、神が、わたしたちを祝福するために造ってくださった素晴らしいものです。礼拝の本質は、キリストを通した神との会見です。わたしたち罪人を愛して、救いを造り出してくださった父なる神、子なる神キリスト、聖霊なる神の三位一体の神を心から賛美するときです。また、世の終わりに出現する栄光の神の国を歴史の中に映し出す素晴らしいときで、天国の前味です。礼拝に参加することにより、天国の香りを胸いっぱいに吸い込み、心、魂、霊魂が霊的に更新するときです。罪人である人間が、神から恵みを受ける手段である言葉と礼典と祈りが集中して用いられ、出席者が恵みを最も豊かに受ける場面です。また、人の言葉でなく、神の言葉が説教を通して語られる厳かな場面です。洗礼式と聖餐式が喜びのうちに行われます。特に、定期的に行われる聖餐式によって、信仰が養われ、強められます。公的な祈りが、献げられます。

 なお、毎週水曜日夜7時半からの公同の祈祷会があります。お互いに顔と顔とを合わせて、教会のため、お互いのため親しく祈り合うことができます。どの集会も、神からの豊かな祝福のとき、および、お互いの主にある豊かな交わりのときとして、自由に出席することができます。


(4)教会における奉仕

 救われたことの感謝として、自分のできるところで喜んで奉仕することがとても大切です。救いを受けるだけ、恵みを受けるだけというのではなく、救いを受けたことへの心からの感謝、恵みを受けていることへの大きな感謝として、自分が神のために、教会のために、できることをすることが大切です。これによって、また、豊かな祝福が与えられます。

 自分の賜物、能力は、神から与えられたものです。それを、もちろん、自分のため、家族のため、会社のため、仕事のためにも使いますが、同時に、わたしたちを愛してキリストの犠牲によってわたしたちを救ってくださった神のため、キリストのため、また、キリストの教会のためにつかるということは、素晴らしいことで、大きな喜びです。

 南浦和教会は、執事会が奉仕の一覧表を作成し、そこに各自が奉仕できることを申告していただくようにしています。礼拝当番をはじめ、いろいろない委員会での奉仕など、20ほどの奉仕がありますので、できることをしていただけたらよいと思います。

なお、高齢のため、あるいは、健康の理由のため、教会のための奉仕ができないと方々もおられるかもしれません。そのような方々には、祈りの奉仕グループに入っていただいて、特に、教会のため、信仰の仲間のため、お祈りしていただければ感謝です。


(5)献金について

 教会の原則は、自分たちの教会は、自分たちで経済的に支えるという原則です。献金は、自分がキリストの犠牲によって救われ、罪赦され、永遠の生命を与えられ、神との交わりにおいて、真に生かされていることの、心からの感謝と献身のしるしで、自発的に進んでなされるものです。

 確かに、献金はキリストを信じて救われ、教会員となった人の義務ですが、ただ単に、義務というのではなく、特権であり、大きな喜びです。

 献げる額については自由です。旧約時代の神の民イスラエルにおいては、家畜や穀物の十分の一を神に献げることが、律法、すなわち、掟として定められていました(レビ記27章30節-32節、マラキ書3章8節-10節)。

しかし、キリストが出現することにより、旧約時代のその律法は、役目を果たして、終了し、新約時代においては、各自の信仰に基づいて、献げられることになりました。しかし、世々の教会は、律法としてでなく目標として、十分の一献金を目指すように勧めてきました。その理由は、わたしたちの救いのため、罪のない聖い神の子が、十字架にかかって苦しみ死んで下さったことをまだ知らない旧約時代においても、動物犠牲による罪の赦しを心から感謝し、十分の一を献げたのであれば、神の御子キリストの十字架の苦しみと死を十分知っている新約時代の信者たちは、なおさら、感謝と献身のしるしとして、信仰により、自発的に進んで十分の一を喜んで献げるという理由から、十分の一献金を目指すように勧めてきました。

 しかし、献金にはいろいろな事情もあるので、誤解やつまずきがないようにしましょう。献金のことで、教会に行けなくなるというようなことがないようにしましょう。それは、本末転倒になります。献金は、信仰を妨げるものではなく、信仰を豊かにするものです。まず、自分が喜んでできるところから、行うようにしましょう。

 なお、わたしたちの日本キリスト改革派教会は、一個だけで立っている単立教会と言われるものでなく、138教会・伝道所から成る教派教会で、各個教会、中会、大会という3段階の組織で動き、中会、大会の働きを支えるための献金もあり、教会員1人当たりいくらという負担金というかたちで支えることになっていることをよく理解しましょう。

 宝物のように大切な信仰と救いが生じ、そして、豊かに養われ、育てられていくのは、自分が所属している教会です。自分の教会を自分も喜んで経済的に支えるという信仰を持ちたいと思います。

 献金について、聖書そのもの教えを心に留めましょう。「つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。」(コリントの信徒への手紙二9章6節、7節)。


(6)伝道について

 わたしたちが救われ、喜んで、日々永遠の命の道を歩んでいるのは、教会が伝道しているからです。すなわち、教会が、キリストを信じただけで恵みによって本当に救われ、人生が根本から変わる福音を宣べ伝えて伝道し、宣教しているからです。

 そこで、救われたら、今度は、わたしたちが、キリストよる素晴らしい救いをまだ知らない人々に、証しし、伝え、語り、宣教し、伝道することが大切です。キリスト教信仰の素晴らしさは、信者になって、初めて味わえる素晴らしさです。それゆえ、伝えることが必要です。

 特に、今の日本においては、人の生き方がわからない状況です。大人も子供も、心が荒廃しています。このようなときこそ、キリスト教信仰による喜びのある真の生き方を提示すべきときです。今の時代こそ、キリスト教信仰の出番です。キリスト教信仰こそ日本の真の希望です。神なく希望なく、罪の中にむなしく生きている日本の人々に、人が聞くことができる最高に良い知らせである福音を、聖霊の力と恵みによって、伝えていくことに励みましょう。

 キリストの伝道命令と言われる「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音者28章18-20節)という御言葉を覚えましょう。


結び


どうぞ、教会員となってください。一緒に、永遠の生命の道を喜んで歩みましょう。人の真の幸せは、キリストを信じて救われ、教会の一員となって生涯を歩むことです。教会は、あなたが、会員として、信仰の歩みをすることをお祈りいたします。

 なお、教会員になってからの信仰生活についての詳しいことは、教派作成の「信仰の手引き」を学んでいただければと思います。この教会員の手引きは、教派作成の「信仰の手引き」の入り口として作られています。「信仰の手引き」は、改革派信徒の生活を教会生活、家庭生活、個人生活、社会生活の4つの点からとてもよく教えています。

 会員になるにあたり、お聞きになりたいことがあればご遠慮なく、教会役員(牧師、長老、執事)にお尋ねください。

 教会員になることを願っているあなたに、神からの豊かなお導きと祝福を心からお祈りいたします。


(この「教会員の手引きは、もともとは、2006年11月26日に「南浦和教会会員の手引き」として作られましたが、それを一般化したものです。お役に立てば幸いです。なお、「1.改革派教会について」と「2.日本キリスト改革派教会について」の文章は、以前に、東部中会作成文書委員会が作成した「改革派教会とは」というトラクトのよくまとまった文章をほとんどそのまま載せました。「3.教会員の生活について」は、わたしの自分の文章です。)


http://homepage3.nifty.com/msasaki/ksyokiseikatukyoukaiinnotebiki.html