「主イエスのことばを信じて」

~イエス・キリストの生涯36. 役人の息子のいやし~

(ヨハネの福音書4章46節~54節)

■はじめに

 「イエスがガリラヤに行かれたとき、ガリラヤ人はイエスを歓迎した」(4:45)とありました。しかしそれは、信仰に入ったという意味での歓迎ではなく、エルサレムで行われたことを知っていたガリラヤ人が、その奇蹟を見せてほしいという興味本位な受け入れ態度でした。イエス様が「預言者は自分の故郷では尊ばれない」と言われたとおりでした。
 幼児から少年、青年時代を過ごされたナザレでは、もっとひどい扱いを受けました。ナザレの会堂でイエス様は、今日油注がれた方、キリストが貧しい人、しいたげられている人に福音が伝えられ、救われ、自由になるというイザヤ書の預言が実現したことを告げました。ナザレの人たちはそれを拒絶し、さらにイエス様がこの福音は異邦人に伝えられていくことを語ると、イエス様を町の外へ追い立て、危害を加えようとしました。イエス様はそこを無事逃れられました。

■王室の役人

46イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にされた所である。さて、カペナウムに病気の息子がいる王室の役人がいた。

 カナは、弟子のひとりナタナエル(バルトロマイ)の出身地であり、また以前カナの結婚式に招かれたことから、そこに母マリヤの親戚がいたと思われる村です。カナに2度目の訪問をなされたイエス様のもとに、「王室の役人」がやって来ました。カペナウムからカナは30~40キロほどの距離です。この人は、ガリラヤの国主ヘロデの宮廷で働く役人と思われます。この役人はカペナウムに、病気にかかっていた息子がいたのです。

47この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたからである。

 カペナウムは、イエス様のガリラヤ伝道の中心となった町です。すでに、ここに住む指導的な人たちにも、始まったばかりのイエス様のことが知られていたと思われます。カナで行われた水をぶどう酒に変えた奇蹟や、エルサレムでのイエス様の奇蹟などが伝えられていて、イエス様が病をいやすことにできる人としての評判がたっていたのです。

■子どもが死なないうちに

48そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない。」

 イエス様の答えは冷たいものでした。「あなたがたは」とあるように、ユダヤ人たちは、救い主キリストであることの証拠を求めていました。「しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない」は、そのことを批判したものでした。
 イエス様は、あえて役人にユダヤ人たちの態度を話し、イエス様への信仰をさらに深め、真実なものにしようとされたのです。
 それは、スロ・フェニキヤ生まれの女の場合と同じでした。娘をいやしてくださいという願いに、イエス様はすぐには聞いてくださいませんでした(マルコ7:26)。

49その王室の役人はイエスに言った。「主よ。どうか私の子どもが死なないうちに下って来てください。」

 役人は、イエス様の拒絶のことばに、真実に、イエス様にいやす力があることを信じていると告白しました。しかし、病気の息子に会わなくてもいやすことができることまでは理解できませんでした。さらに、死なないうちに来ていただかなければならない、と考えていました。
 それで、あなたがいやしてくださることを信じますから、「子どもが死なないうちに下って来てください」と心から願ったのです。
 これはカペナウムで、会堂管理者が、12歳の娘が死にかかっているので来て直してくださいと願った時と同じです。いっしょに行こうとしたのですが、途中手間取ってしまい、少女は死んでしまったという使いが来てしまいました。その時に、イエス様は「恐れないでただ信じていなさい」(マルコ5:36)と励まし、家に行き、少女を生き返らせたのです。ベタニヤのラザロの時もそうです。マルタもマリヤも、知らせから4日も遅れてきたイエス様に、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」(ヨハネ11:21)と、死んでしまったので、もうどうしようもないことを訴えました。

■あなたの息子は治っています

50イエスは彼に言われた。「帰って行きなさい。あなたの息子は直っています。」その人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた。

 イエス様は役人の信仰の弱さ、理解力の乏しさにもかかわらず、役人の純粋な求めに答え、役人の願ったとおり、息子の病をいやされました。イエス様は、役人のこれからの信仰を見ていたのです。役人は、「イエスが言われたことばを信じ」ました。役人はしるしを見たら信じる信仰から、見ないで信じる信仰、みことばを信じる信仰に変えられたのです。イエス様は何十キロも離れた所にいる病人を、「あなたの息子は直っています」と語られただけでいやされたのです。

51彼が下って行く途中、そのしもべたちが彼に出会って、彼の息子が直ったことを告げた。52そこで子どもがよくなった時刻を彼らに尋ねると、「きのう、第七時に熱がひきました」と言った。

 帰りの途中に、知らせに来たしもべたちと会い、息子の病気が治ったことを知らされました。それは「きのう、第七時」、午後1時に突然熱が下がったのです。

53それで父親は、イエスが「あなたの息子は直っている」と言われた時刻と同じであることを知った。そして彼自身と彼の家の者がみな信じた。

 「彼自身、信じた」とあるように、役人はイエス様へのさらなる信仰へと導かれました。役人は、「家の者みな」に昨日あったことを伝え、家族の者たち全員が信仰に入りました。
 マルティン・ルターは、この役人を「ヘロデの執事クーザ」であったと考えます。そうであれば、この時、後にイエス様の女弟子となった「ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ」が信仰に入ったことになります。

ルカの福音書8:2-3「2また、悪霊や病気を直していただいた女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリヤ、3自分の財産をもって彼らに仕えているヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか大ぜいの女たちもいっしょであった。」

■第2のしるし

54イエスはユダヤを去ってガリラヤに入られてから、またこのことを第二のしるしとして行われたのである。

 これは、同じカナであった水をぶどう酒に変えた奇蹟に次いで2度目の奇蹟でした。この後の奇蹟については、第3、第4と番号はつけられません。ヨハネは、この2つの奇蹟をイエス様が救い主キリストであることのしるしと記しました。
 第1のしるしは弟子たちが信じました。第2のしるしは、役人とその家族が信じました。しかし、これ以降の奇蹟はおもむきが違っていきます。第3の奇蹟となるベテスダの池で歩けなかった人がいやされた時は(5章)、論争が起こり、それによって信じない人が起こされ、ユダヤ人指導者たちはイエス様を捕らえようとする動きになっていくのです。第4の5000人へのパンの奇蹟(6章)、第5の生まれつきの盲人をいやされた時(9章)もそうです。
 私たちはきょう、第2のしるしによって主イエス様のことばをそのまま信じた役人と、その信仰が全家族まで祝福が広まっていったことを覚えたいと思います。


https://church.ne.jp/yurinoki/text/2015/0607.html