一神教的な自然観


イスラム教やキリスト教などの一神教と、日本古来の神道とは、自然に対する考え方が大きく異なります。

まず一神教から見ていきましょう。 一神教は、自然界を人間が征服すべき対象と見なします。 旧約聖書の冒頭・創世記は、神は6日間で世界を創造し、6日目に神に似せて人を作り、これに自然を管理・支配する役を与えたとしています。

1:26 神は言われた、「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

つまり、唯一神を信仰するイスラムやキリストの世界では、人は自然界と厳格に区別され、自然は人間に支配されるべきものと定義されているのです。一神教は砂漠の厳しい環境で生まれた宗教なので、「大自然は人間の力で克服し支配するものだ」という考え方が生まれたことは不思議ではありません。

これがヨーロッパをはじめ各地へ伝わり、土着のアニミズムやシャーマニズムなどの原始的信仰を駆逐しつつ広い地域に根付きました。

そして近代に入ると文明の進歩を促し、人類を今日の繁栄へと導きました。 人が大自然を管理し、人が自然の上位に位置するとする考えが、今日の物質的に豊かな現代社会を生んだのです。科学技術はますます発展し、しまいには創造主それ自体を否定するに至りました。なんとも皮肉な結果ですが、のんきに笑ってもいられません。

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