神の子の最初のしるし
ヨハネによる福音2:1-11


ガリラヤのカナの婚礼での奇跡です。結びの11 節の意図は、この日のぶどう酒のことを皮切りに、イエスは数え切れないしるしを、十字架に行かれるまで行われたが、それは神がまさにそこにおられる証拠の輝きとして、人の目に映ったのです。その昔荒野で主の幕屋に満ちたという“シェヒナー”hn"ykiv. の輝きを思い起こさせる、神の力の現れを、イエスに会った人はいやでも見た……ということです。


ここに「しるし」という言葉―が出てきます。英語で言うと“sign”に当たりますが、サインというのは何かを暗示する記号です。たとえばイエスのお言葉で水が上質のワインになったという、その出来事自体ではなく、その出来事がシンボルとして指し示している、もっとショッキングな事実―この方は結局何を与えようとしておられるか、この方の本質はいったいどなたか―ということを指し示している出来事。そういう意味でのサイン……しるしです。そして、少なくとも公には、この日のぶどう酒がその最初の「サイン」でした。

昔から、この「しるし」“sign”という言葉は、言葉のもつ意味の性質上、読む人の文学的連想や空想を、必要以上に刺激した嫌いもあります。例えば、カナの婚礼で、ぶどう酒が切れて窮地に立った新郎を、たまたま招かれていたイエスが、驚くべき力を発揮して助けてやりなさったという出来事自体よりも、それがもっと深い何かを暗示するとすれば……ということで、読む人の性格や想像力によっては、色々違った意味を読み取る結果になりました。
私の若い頃、30 年余り前でしたが、箕面の教会で、「水のように味気ない人生を、キリストは豊かな味わい深い人生に変えてくださる」という説教を聞いたことがあります。「成る程!」とは思いましたが、それが果たして、ヨハネ自身が感動して伝えようとしている事柄なのか、ということになると、ちょっと問題も感じました。

同じころ感動して読んだ書物には、「途中で酒が尽きてしまう位の貧しい夫婦を、恥ずかしい思いから救い出してやりなさった。これはキリストの愛の奇跡である」という点を強調していました。「キリストは結婚の神聖を認めるためにこの式に列席なさったとは、式辞の中でよく言われることだが、これはむしろ“貧の神聖”をお認めになったのである」という著書の主張に
は文句なしに感動したのですが、冷静になって考えると、それは著者自身の経験と実感であっても、果たしてヨハネの伝える福音の中心か……ということになると、かなり問題があると思いました。と申しましても、そういう生活に密着した主観的な感動が、全く無意味だとは私も思いません。私の説教の中にもそれに類したものはありまして、6年前に学院のチャペルで発表したスピーチの題は、「カナのぶどう酒に関する、やや客観的な分析と、大体妥当な判断と、そしてかなり主観的な感想」
という長いものでした。でも今日は、そういう個人的な感動や主観的な部分はできるだけ抑えて、この時の主の御意図は本当は何だったのだろう……ヨハネは一体何を受け止めて欲しいのだろう……という角度から、記事自体に迫ってみたいと思います。


1.イエスが“しるし”を行われた直前の状況。:1-5.


1.三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。2.イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。3.ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。4.イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」5.しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。


この言葉から見ると、母親はイエスがどんな力をお持ちの、どんな方か、さすがに誰よりも鋭く見通して、そのお力を信じているのです。そして、その力を台所の僕たちにも期待して待ってほしい。これは、マリアにとっては、わが子誕生の時の霊的体験からも、知っていて当然なのですけれど、それでいて、この家の窮状をそっと息子に伝えて、すぐに応じてくれることを期待
するところなどは、やはり人間として、女としての弱さが生で出ています。「親が乳離れしていない」などと、今日よく申しますが、マリアもその傾向があったのでしょうか?

面白いことに、この福音書は最後まで、マリアという名を使いません。これはイエスの母を引き取ることになったヨハネが、この人を自分の母のように見て、ちょうどヤコブと自分の名を出さなかったのと同じように、マリアの名も抑えているのだ……と見る人たちもいます。


それはともかく、イエスのお言葉は不思議な重みときびしさを持っています。「女よ」という呼び掛けは、私情や肉のつながりを極度に抑えて、マリアを単に一人の女性として、一人の肉の人間として、弱い者として、呼び掛けているのです。もちろん普通ならギリシャ語でもアラム語でも、ミーテルとかインマーaM'ai(お母さん)と言ったものです。「女よ」

という呼び掛けは、すでに人の救主として立っておられたこの方が、自分の母を、救いを必要とする一人の女性として見ておられたことを示します。今や、人の生き死にに関すること、神の御意志に関することでは、主の母といえども口をさしはさむことはできない。すべてが天の父の意志によって行われることで、父が定めた時間まではことは起こらない。イエスの決断と行動は、(イエスの行動と見えながら)実は「生ける神」の決断と行動であることを印象づけます。マリアの関心は、このピンチにわが子が力を示して、アッと目を見張らせることでしたが、イエス自身の関心は、全てにおいて父の意志に服することでした。
「わたしの“時”はまだ来ていません」は直接には、ぶどう酒の欠乏に対処してどうやって助けておやりになるか、それはいつか……というその“時”のことです。しかし、後にもう一度触れますように、この“時”は更に重大な、重い意味をも持っています。
ところで、このままイエスが、この家の厨房のことにお関わりにならなかったのでしたら、この話は無いわけですけれど、なぜか故あって父の意志は、ここでイエスを動かします。一つの意味ではその“時”はイエスの舌の根の乾かぬうちに来たのです。でも、次の場面の切り出しのところ……水瓶の紹介が、何かものものしいように思えませんか。


2.イエスが“しるし”を行われた時の描写。:6-9a.

6.そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。7.イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。8.イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。9.世話役はぶど
う酒に変わった水の味見をした。


福音書は、確かに水であったものが上質のぶどう酒に変わったことを、宴会長(宴会差配の奴隷がしら)が知って驚いた、という形で記しています。宴会を仕切っていた経験者の証言で、示している訳です。この時どんな順序で、どんな化学反応が起こったか……というような、奇跡のプロセスには福音史家は全く触れません。ただ事実と、事実を見た人の驚きだけを記します。そして、そのショックをそのまま読者に投げ掛けるのです。ぶどう畑で、植物の生命体の中で着実にあの奇跡を生む方が、そこにおられたことを、あなたは信じるか……。それとも、そんな方はそこにはいなかったか……。栄光のシェヒナーが幕屋に満ちておったか。それとも、幕屋はただのテントであったか。


奇跡の内容については、いろんな想像ができるでしょう。かめの水か全部ぶどう酒に変わってしまったのではなく、汲んで持って来る水差しの水だけが、運ぶ間に次々に変えられたと想像することもできます。この見方は、ルカ伝に出て来る十人のらい病人が道を行く途中で清められたという所からヒントを得ています。それに、合計して少なくとも500 リットルものぶどう酒をお作りになる必要があったか……という、常識からの疑問もあります。不必要に余分な奇跡をなさる方ではなかったと。―これはまあ、一応筋が通っています。ただ、水がめの容量と数をなぜ書いたのか? 普通は事実だけを淡々と記すのが、福音書の流儀です。「石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである」は、単なる状況描写としては少し詳細、饒舌です。


そういう点を考えると、イエスがお与えになったものの豊かさ、汲み尽くせない程の豊かさが、この人の貧しさと困窮をカバーして、何倍も何十倍も余りがあったことを強烈に示すためであろう、と見る方が、尤もらしい節約説などよりは、私には説得的に聞こえます。
とにかくイエスの意志で、水は水でなくなり、うまい上等のワインに変わった。これには、台所にいた奴隷たちもたまげたし、後から弟子たちもショックを受けた。ヨハネは60 年以上経って、まだそのショックを覚えています。
その時のことを思い起こすと、彼の胸が震えるのです。そして、神の栄光に触れたショックは、十字架のショックまで、一繋がりになって続いているのです。

3.イエスがしるしを行われた後の驚きと結果。:9-11.

驚きは皮相にとどまったでしょうが、これがきっかけで、イエスへの信頼が固まった人たちもいた―というのが11 節の意味でしょう。9.世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水を汲んだ召し使いたちは知っていたが世話役は知らなかったので、花婿を呼んで10.言った。「だれでも始めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、……」
まあ、そういうケチな、客を馬鹿にした習慣が一般にあった……と言う人と、いや、そうじゃなく、これは一種のユーモラスな誇張で、「後から二級酒を出すという手はよくあるが、あなた様のは特級酒が、最後の仕上げに出ますわけで」と、これはイエスがお与えになったワインの質に驚嘆した“通”のユーモアと見てもよいでしょう。時にはそういう「あくどい」ことをする
人もいたから、こんな捻りもできた訳でしょうが、「後で質を落とすのが当時広く行われた習慣だった」と取る必要はないと思います。ただただ驚いたのです。余りに旨い上等のワインでしたから……。


「……始めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」11.イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。「信じた」―という原文のニュアンスは、日本語の「信じた」や英語の“believed”では表現し切れない微妙な意味合いを持っています。“Penguin Books”というペーパーバックに福音書の訳文を出している
Rieu という人は、“his disciples' faith in him was fixed.”と訳しています。弟子たちのイエスにかけた信頼はこのとき決定的になったというか、固定したというか、この時から弟子たちの信仰が本気で始まったのだというのがヨハネの趣旨だと思います。


でも、その数は少なかったのです。大方は驚いたり、感心しただけでしょう。説明がつかないだけに、色々な想像もしたかも知れません。ただただ気味悪く、悪魔の魔術を疑った人もあったかも知れません。その中で確かに、イエスがガリラヤのカナで栄光を現したのを、見た人もいたのです。魂の深みに何かがあって、神の栄光を見る準備のあった人に違いありません。これは今日でも、イエスに触れた人の上に起こります。


《まとめと勧め》


最初に、話の途中で皆さんの注意をうながした、二つのポイントに戻って、もう一度この記事の中心点を眺め直してみたいと思います。
最初にも申しました通り、「しるし」= sign です。できごと自体はシンボルであって、イエス・キリストに関する本質的な何かを暗示しているような、ショッキングなできごと。ヨハネによるとそのハシリというか“第一号”がこれだったと言うのです。でも、symbol― sign だということは、この事件自体が“おとぎ話”だと言う意味ではありません。最近の研究家は大体、こういう話から福音的感動を受けさえすれば、物語自体は作り話でも良い。脚色でも良い。古い神話の改訂版でも良いのだ……そう言う人が多くなりました。「非神話化」と言う名で呼ぶのですが、そこまで割り切れる人は我々の間でも、ボツボツ出てきました。判断は皆さんに委ねますけれど、私はやはりヨハネの書き方から見て……少なくとも著者にこの文章を書かせた、この福音書の背後に立つ使徒は、本当に見た出来事のショックを書いていると思います。それは、イエスの行なわれた行為の中に、神ご自身の行為が確認されたと言うのです。

ところで、この記事の中心点に触れたいのですが、この文章自体の中に著者の視点を見付けて、その意図を汲み取りませんと、「しるし」の解釈は勢い恣意的に流れて、空想や主観のとりこになりかねません。もちろん、私の捕らえ方も完全に正確だとは断言できません。聖書の取り次ぎというものは、特にこういう箇所では、原文を自分なりに味読した上で、何人もの専門家や先輩たちがどう見ているかを調べて、能力の範囲内で可能な判断を下すだけです。私の見る限りでは、これを書かせた人の指さす「しるし」を暗示するヒントは、二つあります。


(1)一つは、この時イエスが母に言われた言葉の後半です。「わたしの時はまだ来ていません」と言われたところ、4 節の後半です。先程も言いましたように、「私がぶどう酒を与える大事な瞬間はまだ来ていない。私はあなた(母上)の指示に従って人間的に行動するのではない。私の行動のすべてとその“時期”は天の父が決定なさる!」という意味になります。でも、もしそれだけの意味で言われたとすれば、その“時期”は数分後か数十秒後にすぐ来たことになります。マリアに反省と自制を命じるだけで良かった。
「わたしの時」―“My hour”は、次の瞬間にももう来た(!)ことになります。ただこのあと、「彼の時」“His hour”とか、「その時」“the hour”という言葉が、12 章や13 章や17 章でどんな風に使ってあるかを見ますと、例えば……。


「人の子が栄光を受ける時“the hour”が来た。……一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。」(12:23,24) そのあと、こうも言われます。「『父よ、わたしをこの時から“from this hour”救ってください』と言おうか。だが、わたしはまさにこの時“this hour”のために来たのだ。」(12:27) 17 章の祈りの切り出しはこうです。「父よ、時が“thehour”来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。」(17:1)イエスのお心の中では“the hour”とい
うのは、自分の命を与えて、それで神の栄光を示して、天の父の所へ帰る時のことでした。人の目にはそれはユダヤ人とローマ人の手による虐待と、悲惨な「死の時」と映ったことでしょうが……。


ヨハネは13 章の初めでこう言っています。「さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時“His hour”が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」(13:1)
……これが、ヨハネ伝を流れる“His hour”,“the hour”を考えると、“Myhour”はまだ来ていません」と言われたとき、今ここで栄光を(ぶどう酒の奇跡により)現す時と一緒に、もっと大きな決定的な栄光を現す時を二重写しにして見ておられたと思われます。とすると、この物語の「しるし」としての視点はどこにあるか……?


この話は「貧しい夫婦の婚礼を祝福なさった話」として感激するのも良いし、愛の奇跡として見るのも自由ですけれど、中心はイエスが死なれる瞬間とつながって初めて、イエスが地上から天の栄光へお帰りになるその時とつながって、初めて意味があります。「カナで栄光を現された」というのは、そんな方が今ここにおられる。人の罪を清めて人を天につなぐ方がそこにおられた。それをこのとき見た人もいた。その事実をこの記録の中に確認しなければなりません。


(2) 第二のヒントは、先程6 節の場面転換が「少し物々しくはないか」と言ったところです。「そこには、ユダヤ人の清めに用いる石の水がめが六つおいてあった。いずれも八十リットルないし百二十リットル入りのものである。」これはフランシスコ会の訳文です。


「ユダヤ人の水がめ」がなぜここで注意を引かれるのでしょう。たまたまそこに六個も大がめがあった事情の説明でしょうか―熱心なユダヤ教徒の家であった? マルコ7 章にもありますが、ファリサイ派など熱心派のユダヤ人は、知らず知らずに汚れと接触して来ていることを恐れて、手の清めを徹底的にやってからでないと、パンに手を触れなかったと言います。また、杯
や食器等の口に触れるものは、清め用の水で注意深く洗うのが彼らの習慣でした。汚れに汚染してはならない。もし汚染したならば、そのために宗教も儀式もある。この水は、人間の本質的な汚さと死体の汚れへの恐怖、それとその対策です。


ほかの普通の飲み水でも良かった筈です……ぶどう酒の原料は。いや、空の杯でも水差しでも良かったのに、わざわざその儀式用の清めの水を持って来させてぶどう酒になさった! まさにそのことの中に“しるし”を見よとヨハネは言うのか?「それは思い過ごしだ」と言う人もいていいでしょう。でも、Tasker やMorris はそこに“しるし”の鍵を見ています。もしこの見方
がヨハネの意図から遠くなければ……。
その汚れだけは、どんな清めも取り除けない。全く新しい命の力だけが、人間の本当の清めをする。その贖いのシンボルをこのぶどう酒の中に見るのは、果たして信仰者の目か、それとも連想過剰か……。ここは人によって違うところです。でも、清めの水を全く別のものに変えてしまわれたのは、古い宗教儀式の効力、罪の清めごっこの反復への“No!”であったとは考えら
れませんか……? パウロの言い方で言うなら、「人の義」の成果ではなく、「神の義」の力だけが、人の汚れを清める……と。


先程、カナで栄光を見た人は、魂の深みに準備のあった人だと申しました。自分の罪の姿と悲しさ、死の汚染とそこからの脱出の悲願を持つ人なら、今日でもこの話の中に、きっと同じ“栄光”を見るでしょう。福音書の記者はこう言います。「イエスはこれを“しるし”sign のハシリとして、ガリラヤのカナで行い、彼の“栄光”を現された。そして彼の弟子たちのイエスへの
信頼はこの日、決定的になった。」(1985/06/02)

《研究者のための注》


1.「三日目に」(:1)の数え方については二三の違った見方があります。Tasker とMorris は、1章の19-28 節をヨハネの活動の第一日、29 節以下を第二日、35 節以下を第三日、39 節は「泊まった」という意味にを解釈して41 節が第四日、43節からナタナエルまでが第五日と見ています。「三日目」というのは、ナタナエルとイエスの対話で終わる日から足掛け三日目と見て、カナの婚礼はヨハネ活動開始から通算第七日、第六日は記事なし……という風に日付を全部文字どおりに取っています。
これに対しSchulz は「三日目」は、イエスのベタニア出発後三日目とします。ただ、Schulz は「三日」という数字は福音書記者が編集上、時間の経過を作り出す接続句と見なしているようです。


2.6節のかめの容量は、原文「2 ないし3 メトレテ入りのもの6 個」です。1 メトレテスを何リットルとするかによる誤差もありますが、36~39 リットルと見て、全体で432リットルから702 リットル。Schulz は480~700 リットルとします。大体500 ないし
700 リットルという所でしょうか。


3.「さあ、それを汲んで」(8)を私は、「かめの中から汲み出して」と理解しましたが、少し変わった読み方として、Westcott は。。。。。を「井戸から汲む」意味に取り、六つのかめを満たした後で、更に井戸から汲み上げて運んだ分がぶどう酒に変えられたとします。


4.この婚礼でワインを作ってお与えになったイエスの姿や、ルカ7:33「人の子が来て、飲み食いすると」から推測されるアルコール性飲料に対するイエスの自由で囚われない態度と、その後米国のピュリタニズムが生んだ禁酒主義とはどう結びつくのか、現代社会の中で自ら判断して選んだ禁酒の立場と、律法主義との違いはどこにあるのか……これらの問題については、著者の「エフェソ書の福音」第14 講「時を買う賢者」(録音版)の後半で扱いました。この講解から22 年後の教友社版「ローマ書の福音」46 講「キリストはその兄弟のために死んだ」でも改めて、この問題に触れています。

 

http://erinika.life.coocan.jp/data040/john07.pdf