聖 書
1:1
キリスト・イエスの僕であるパウロとテモテから、フィリピにいて、キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ。 2
わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。 3
わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、 4 あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。 5
それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。6
あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。 7
わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。
8 わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。9
わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、 10
本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、 11
イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。
はじめ
今回から、1世紀のキリスト教伝道者のパウロが書いたフィリピの信徒への手紙からお話をします。フィリピの信徒への手紙は、喜びという言葉が16回も出てきます。そこで、喜びの手紙といわれ、キリストを信仰して生きていくことは、喜びであることを力強く教えています
考えてみますと、この後お話するように、パウロは、この手紙を、ローマでローマ皇帝から裁判を受けるため、監禁されている中で書きました。それゆえ、人間的には、喜べる状態ではありませんでした。しかし、それにもかかわらわらず、パウロは救われていることを心から喜び感謝しました。また、この手紙の宛先であるフィリピの教会の信徒たちも、1世紀の荒波にあっても、救われていることを喜んで日々歩んでいくように力強く勧めています。
これらのことから、キリストを信仰して自分が救われて生きて生けることが、大きな喜びであることが、この手紙を通して力強く伝わってきます。そこで、これから、毎月最終主日、フィリピの信徒への手紙に耳を傾けたいと思います。
それで本日は、第1回目で、「福音にあずかる」と題して、お話をします。「福音にあずかる」というのは、福音を聞いて救われ、その後もずーっと救いの中を歩むという意味でも使われますが、本日の箇所での「福音にあずかる」というのは、福音を聞いて、救いの中を歩むということを超えて、まだ救われていない人々ための福音宣教に自分たちも参加し続けるというさらに積極的な意味で使われています。
フィリピ教会の信徒たちは、パウロから福音を聞いて救われた最初から、パウロの福音宣教を覚え、祈りと経済的援助をもって、1世紀の福音宣教に積極的に参加し続けたので、パウロは、そのことを心から感謝し、喜び、神からの豊かな祝福をフィリピの信徒たちに祈ったのです。
そこで、今日のわたしたちも、福音を聞いて救われ、その後もずーっと救いの中を歩むと共に、まだ救われていない人々への福音宣教に自分たちも積極的に参加し続け、神から喜ばれ、豊かな祝福を神から受ける者に、みんなでなりたいと思います。
1.フィリピ教会は、10年前に、パウロの伝道により、成立しました
それで、まず、わたしたちは、この手紙の差出人、差出先、あいさつの内容を見ておきましょう。すると、この手紙は、パウロが、ローマで監禁されているとき、紀元62年ごろ、ギリシャ北部のマケドニアの地にあったフィリピ教会に宛てた手紙です。1節から3節がそうです。
このとき、パウロは、ローマでローマ皇帝の裁判を受ける未決囚として、パウロ自身が借りた一軒の家に監禁された状態でした。家の外にローマの番兵がいつも見張っていて自由な外出が許されませんでした。でも、若い伝道者のテモテが一緒にいてくれました。そこで、「パウロとテモテから」とあいさつしました。自分一人でなく、テモテが一緒にいて、共に主にあるまじわりをし、共に主に祈れたことは、信仰が強いパウロにとっても、励ましと慰めになったことでしょう。
では、この手紙の宛先のフィリピ教会とは、どんな教会でしょう。すると、使徒言行録16章に記されているように、パウロが、第2回伝道旅行で、ヨーロッパで建てた最初の教会になります。パウロは、地中海世界を3回伝道旅行して多くの教会を建てましたが、第2回伝道旅行は、シラスと共に紀元52年ごろでした。今日のトルコ半島にあたるところを伝道し、トルコ半島の西海岸のトロアスという町に来ました。
すると、その夜、パウロは、幻の中で、ひとりのマケドニア人が、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と願ったので、それを神の御心として、海峡を船で渡って、トルコ半島からギリシャの北部のマケドニア州のフィリピの町に行きました。このフィリピの町は、ギリシャの北部のマケドニア州の首都で、軍事的に重要な町でしたので、ローマ帝国が直接治めていたローマの殖民都市でした。
そして、このフィリピの町には、旧約聖書が教える真の神を信仰していた異邦人の婦人たちが少しいて、土曜日の安息日に、川のそばに集まって、お祈りをしていたのを知り、パウロは、そこに行き、旧約聖書が約束していた救い主メシアは、イエス・キリストであると説教しました。すると、当時の高級呉服の紫布を扱っていた女性の商人のリディアが、キリストを信じ、クリスチャンになり、さらに、彼女の家族もキリストを信じ、クリスチャンになりました。
ところが、パウロは、そのフィリピの町で、悪霊につかれて、ギリシャの神の名による占いをしていた女奴隷から悪霊を追い出しました。すると、その占いをしていた女奴隷の持ち主は、その占いによってお金儲けができなくなり、怒って、パウロをフィリピの町の治安を乱す危険人物と当局に訴えたので、パウロとシラスは捕らえられ、牢屋に入れられてしまいました。
ところが、大地震が起こって、牢屋の戸が全部開いてしまいました。すると、労屋番は、パウロとシラスが逃げたと思い、その責任を取るため、自らの命を絶とうとしましたが、パウロが止めて、キリストについて説教しました。そこで、牢屋番とその家族は、キリストを信仰し、クリスチャンになりました。また、それから数日間、パウロとシラスはフィリピの町で伝道しますと、信じる男たちも出てきました。これで、フィリピ教会がスタートしました。
それから約10年の歳月が経ち、パウロが、ローマから、フィリピ教会に手紙を書いたとき、フィリピ教会はどうなっていたでしょう。神は、聖霊の水を豊かに注いで教会を育ててくださるお方で、長老たちや執事たちを備えた組織的にもしっかりしたよい教会に成長していたのです。
2節を見ますと、「フィリピにいて、キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ。」とあります。「聖なる者たち」とは、信徒の別の言い方です。キリストを信仰して、罪赦され、聖霊による清めを受けているので、聖なる者たちといわれますが、ここに「監督たちと奉仕者たち」という言い方が出ています。
「監督たち」とは、教会を治める長老の言い方です。信仰の群れを指導監督するので、「監督たち」といわれますが、今日の長老たちにあたります。また、「奉仕者たち」とありますが、これまでの口語約聖書では、「執事たち」となっていました。すなわち、今日の執事にあたる人々がいたことがわかります。執事たちは、教会における愛の奉仕や献げものの管理などをしました。
ですから、フィリピ教会は、パウロの伝道により、紫布を扱う女商人のリディア一家、パウロの指導により回心した牢屋番一家をはじめとするわずかのクリスチャンたちからスタートして、約10年経って、パウロがローマにいたときには、長老たちや執事たちも備えた組織的にもしっかりしたよい教会に成長していたことがわかりますが、パウロは、どこの教会にも祈るように、フィリピ教会にも、「恵み」、すなわち、神からキリストを通して、救いの豊かな恵みがあるように、また、「平和」、すなわち、神との平和、人との平和、さらに、一人ひとりの心に平安があるように、祈りました。
特に、わたしたちは、1節から3節において、フィリピ教会が、約10年において、「監督たち」、すなわち、教会を治める長老たち、また、「奉仕者たち」、すなわち、教会における愛の奉仕や献げものの管理する執事たちも備えた組織的にもしっかりした教会に成長した姿を見て、すばらしいと思います。
2.フィリピ教会は、福音を広める働きに積極的に参加しました
さて、パウロは、フィリピ教会に手紙を書いていますが、フィリピ教会のことを思い出すとき、いつも、神に心から感謝し、喜びとすることがあります。それは、フィリピ教会は、「最初の日から」、すなわち、パウロから福音を聞いて救われ、教会が成立したその最初から、「今日まで」、すなわち、パウロがローマで監禁されている今に至るまで、パウロの福音宣教に、祈りと経済的援助をもって、積極的に参加してきたことです
具体的に言えば、パウロが、伝道者シラスと共に、ギリシャ北部のマケドニア州のフィリピで福音を伝えた後、フィリピを去り、百キロ以上離れていたテサロニケの町で福音を伝えました。すると、フィリピ教会の人々は、テサロニケの町で福音を伝えているパウロのところに生活に必要な物を何度も送って支援したのです。
これには、パウロは、本当に喜び、感謝しました。もちろん、パウロは、誰から助けてもらわなくても、いざとなれば、天幕を作ってでも必要なお金を自分で稼いで、自分で伝道できる人でした。しかし、もし、援助してくれる人々がいれば、全時間的に福音宣教に全力を尽くせます。しかも、そのときは、他のどの教会からも援助がないときでした。ところが、ほんの少し前に成立したばかりのフィリピ教会は、パウロが必要とするものを何度も送ったのです。
そこで、パウロは、そのことを心から感謝し、喜びました。フィリピの信徒への手紙4章15節、16節がそうです。読みましょう。「フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。
また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。」。これがそうです。
そして、さらに、これだけでは、ありません。10年経って、パウロが、ローマで、ローマ皇帝からの裁判を受けるため、未決囚として、監禁されていることを知ったときには、フィリピ教会は、今度は、エパフロディトという伝道者にパウロが必要とする物を持たせて、1千キロ以上も離れているローマにそのエパフロデトをわざわざ遣わしたのです。
そこで、パウロは、また、本当に感謝し、喜びました。それで、パウロは、4章18節で「わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています。そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って満ち足りています。」と記して、感謝と喜びを表しました。
当時、ここまでする教会は、正直のところ、なかったのです。みな自分たちのことで精一杯だったのです。ところが、フィリピ教会だけは、違ったのです。 フィリピ教会は、本当によい教会だったのです。ある聖書注解者は、フィリピ教会は、聖書に出てくる一番よい教会であったとまで言っています。よくできた教会でした。ひとつひとつの教会がそうなりたいですね。
そこで、1章5節に「あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。」とありますが、「福音にあずかっている」というのは、ただ単に、パウロから福音を聞いて、その後も救いにずーと留まっているということを超えて、福音宣教に積極的にあずかっている、参加しているという意味です。そこで、新改訳聖書を見ますと、「あなたがたが、最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来たことを感謝しています。」となっていて、単に福音にあずかるというのでなく、福音を広めることにあずかっている、すなわち、福音宣教にあずかっているという意味をはっきり出してわかりやすくなっています。
こうして、フィリピ教会は、「最初の日から」、すなわち、パウロから福音を聞いて救われ、教会が成立したその最初から、「今日まで」、すなわち、パウロがローマで監禁されている今に至るまで、パウロの福音を広める働きに、祈りと経済的援助をもって、積極的に参加してきました。
これは、なかなかできることではありませんでした。そこで、パウロは、フィリピ教会が、福音を広める働きに積極的に参加することは、神が始めてくださった善い業であって、神は、フィリピ教会による福音を広める善い業を、これからも「キリスト・イエスの日まで」、すなわち、キリスト再臨の日までずーっと続けさせてくださって、ついには、完成させてくださると語って、フィリピ教会が、神に用いられて福音を広める働きにこれからも励んでいく確信を表明しました。
考えてみますと、これは、大胆なすごい確信です。フィリピ教会は、世の終わりのキリストの再臨の日まで、福音を広める働きを続けていくであろうと、パウロは確信しているわけです。キリストの再臨はいつあるかわからないものです。キリスト再臨まで長い時間があるかもしれません。でも、パウロは、フィリピ教会は、世の終わりのキリスト再臨の日まで福音を広める働きを熱心にしていきますよと確信を持って言えるというのです。とても大胆な発言です。
人々は、フィリピ教会が、キリスト再臨の日まで、福音を広める働きを熱心に続けていけるかどうかなど、将来のことなので、わからないでしょうと反論するかもしれません。
では、どうして、パウロは、フィリピ教会は、キリスト再臨の日まで、福音を広める働きを熱心に続けていけると確信したのでしょう。すると、理由があります。その理由は、今、一生懸命福音を広める働きに積極的にあずかっているからです
具体的には、パウロが、今、福音のためにローマで監禁されていて、ローマ皇帝による裁判で福音を弁明したり、福音の正しさを立証する大変なときに、フィリピ教会は、福音のために戦っているパウロを覚えて、1千キロ以上も離れたマケドニア州のフィリピから、エパフロデトという伝道者に、パウロが困らないようにと、パウロが必要とするお金と物を持たせて遣わし、パウロを支えたからです。
このとき、ウロは、本当にお金がなかったかもしれません。ある注解書を見ましたら、パウロは、このとき、お金にひどく窮乏していたと解説しています。多分そうだったでしょう。未決囚で、監禁されている状態ですので、天幕作りをして働くことができなかったでしょう。経済的助けが本当に必要だったでしょう。
そんなとき、1千キロ以上も離れたマケドニア州のフィリピ教会から、伝道者エパフロデトが、パウロが困らないようにと、パウロが必要とするお金と物を持ってきて、パウロ先生、これは、フィリピ教会の皆さんからです。どうぞお使いくださいと差し出したとき、パウロは、深く感動し、魂の底から喜び、感謝したでしょう。
パウロは、自分はひとりぽっちではない。フィリピ教会の人々が、一緒にいてくれるのだと実感し、心、魂、霊魂、精神に、力と勇気と希望がこんこんと湧き上がったでしょう。これが、聖徒のまじわりでしょう。
わたしたちも、人生において、これに似た経験をすることがあるでしょう。自分が何かで本当に困っているとき、それを知った信仰の仲間がやって来て、どうぞこれをお使いくださいと必要としていたものを差し出したとき、ああ、自分はひとりぼっちではない。わたしを気にかけ、覚えて祈っていてくださる方がいるのだとわかり、心、魂、霊魂、精神に、力と勇気と希望がこんこんと湧き上がり、再び元気に立ち上がるということがあるでしょう。また、あったでしょう。わたしにもありました。
パウロもそうでした。パウロにとっては、それが、フィリピ教会の人々でした。そこで、パウロは、「あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。」と言いました。「共に恵みにあずかる者」とは、共に、キリストによる救いの恵みにあずかっている者たちという意味で、パウロは、自分を助けるために、海峡をはさんで、1千キロ以上離れたフィリピ教会からエパフロディトが、遣わされて来たとき、ああ、フィリピ教会の人々は、本当に、自分と共にキリストの救いの恵みにあずかっていて、本当に、自分と共に福音を広める働きにあずかる仲間と強く感じ、いつも心に留めて、裁判のときも励まされていたことを意味します。
フィリピ教会は、そこまで、熱心にしてくれる教会でしたので、この教会は、福音を広める働きをキリスト再臨の世の終わりまで熱心にしていくと、パウロは確信を表明したのです。
そして、パウロも、このフィリピ教会を愛し、親しく思っていました。パウロは、「キリスト・イエスの愛の心で」、すなわち、キリストが、信者を愛している心と同じ愛の心をもって、自分もフィリピ教会の人々を深く愛しているといって、まじわりの親しさを表しました。
こうして、見てきますと、フィリピ教会は、とてもよい教会、評価の高い教会であったことが読者に伝わってきます。先ほども言いましたが、ある聖書注解書を見ていましたら、フィリピ教会は、わたしたちが知る限り、新約聖書のすべての教会の中で、最も純粋で、忠実な教会であったと述べていますが、すばらしいですね。ひとつひとつの教会がフィリピ教会にょうに、よい教会となるように、みんなで努力していきたいと思います。
3.フィリピ教会の愛が、知識と判断力が伴って成長するように祈りました
さて、パウロは、フィリピ教会がこれまで自分に示してくれた祈りと経済的援助を思い、心から感謝しましたが、それと共に、これからもフィリピ教会が1世紀の荒波に負けず、よい教会として力強く歩んでいくことを願い、フィリピ教会のために心からの祈りを神に献げました。
では、パウロは、フィリピ教会のために、どのようなことを祈ったのでしょう。すると、2つのことを祈りました。まず、フィリピ教会が、何が本当に重要で、信仰的に価値があるかを見分けて、本当に重要で、信仰的に価値があることをこれからも力強く行っていくために、フィリピ教会のクリスチャンたちが、「知る力」、すなわち、真の神について深い霊的知識と、「見抜く力」、すなわち、信仰的霊的によいものと悪いものを見抜き、識別し、判断する力を伴って、お互いの愛がますます豊かに成長していくように祈ったのです。
9節に「知る力と見抜く力とを身に着けて」とありますが、これまでの口語訳聖書では、「あなたがたの愛が、深い知識において、するどい感覚において、いよいよ増し加わり」となっていまして、とてもわかりやすいです。すなわち、「知る力」とは、口語訳聖書では、「深い知識」といわれていて、真の神についての深い霊的知識を意味しています。また、「見抜く力」とは、口語訳聖書では、「するどい感覚」といわれていて、信仰的霊的によいものと悪いものをするどい感覚で見抜き、識別する力のことを意味しています。
ですから、パウロは、フィリピ教会のクリスチャンたちが、1世紀においてよい教会であるフィリピ教会のクリスチャンたちが、「知る力」、すなわち、真の神について深い霊的知識をこれからもどんどん身につけ、また、「見抜く力」、すなわち、信仰的霊的によいものと悪いものをするどく見抜き、識別し、判断する力をどんどん身につけて、お互いの愛がますます円熟し、豊かに成長していくように祈ったのです。
そうすれば、1世紀のキリスト教が始まってまだ30年ぐらいしかたたない時代において、フィリピ教会は、異教世界の真只中にあっても、信仰的霊的に何が重要で、何が価値があるかを自分たちで判断して力強く歩んでいくことができるのです。
いかにもパウロらしいです。フィリピ教会におけるクリスチャンのお互いの愛が成長するように祈っているのですが、ただ、愛が成長するようにと言わないで、愛が、真の神についての深い豊かな知識を伴って成長していくように、また、愛が、信仰的霊的によいものと悪いものをするどく見抜き、識別する力を伴って、豊かに成長していくように祈っています。これこそ愛の健全な成長です。
本当にそうです。愛は感情的、情緒的な面もありますので、愛が、感情的、情緒的な面だけで進んでいくと、愛がゆがむこともあるので、愛は、深くて豊かな神知識と共に、また、信仰的霊的によいものと悪いものをするどく見抜き、識別する力を伴って、すなわち、お互いの愛が知的なものを伴って健全に成長していくように祈っています。そうすれば、フィリピ教会は、1世紀の異教世界の荒波の中にあっても、信仰的霊的に何が重要で、何が価値があるかを自分たちでしっかり判断し、お互いに愛し合い、励まし合いながら、正しい方向で力強く歩んでいけるのです。
今日もわたしたちもそうです。お互いの愛は、もちろん、大事ですが、愛が、深くて豊かな神知識と共に、また、信仰的霊的によいものと悪いものをするどく見抜き、識別する力を伴って、愛が健全に成長し、21世紀の日本という荒波においても、信仰的霊的に何が重要で、何が価値があるかを自分たちでしっかり判断し、お互いに愛し合い、励まし合いながら、正しい方向で力強く歩んでいきたいと思います。
では、パウロが、フィリピ教会のために祈ったもうひとつのことは何でしょう。すると、それは、フィリピ教会のクリスチャンたちが、キリスト再臨のときに、最後の審判で裁かれることがなく、「清い者」、すなわち、信仰の純粋な者、また、「とがめられるところのない者」、すなわち、罪が神に責められることのない者となり、キリストから「義の実」、すなわち、神との関係が正しい関係におけるゆえに豊かな祝福の実をたくさんあふれるほど受ける者になって、神の栄光がほめたたられるようにと、祈りました。
「義の実」とは、義がもたらすたくさんの豊かな祝福の実を意味します。具体的には、パウロがガラテヤ書5章22節、23節で、聖霊が結んでくださる実と同じものを言っていると考えられます。ガラテヤ書5章22節、23節で「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。」と言っていますが、聖霊が結ぶこれらのいろいろな豊かな祝福の実が、キリスト再臨のとき、わたしたちに惜しみなく与えられて、わたしたちの救いが完成し、神の栄光が最高度に表されます。
神の栄光は、御子キリストの十字架の無限の苦しみとへりくだりの死により、罪に汚れ果てたわたしたちを、無代価で救うことにおいて表されましたが、世の終わりに、わたしたちの救いが完成することにおいて、さらに最高度に表されるのです。永遠から永遠におられ、聖にして全能なる偉大な神の栄光は、罪に汚れ果てたわたしたちを見捨てることにおいて、表れるのでなく、愛と恵みにより、罪に汚れ果てたわたしたち救って、完成に至らせることおいて表されるのです。これを知れば、わたしたちの心は喜びで満ち 溢れます。そして、心から神に感謝できます。
結び
以上のようにして、フィリピの信徒への手紙の最初の部分を学びました。フィリピの教会の人々と同じように、わたしたちも、福音を広める働きにあずかり、豊かな祝福を受けたいと思います。祈りを通し、聖霊の力と恵みにより、福音を喜んで広めていきましょう。 |