主が共におられる教会
- 使徒行伝2:42-47 -
[インマヌエル 下巻.10-02]
[使徒行伝2:46-47] 「46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、47 神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」
*** 初期教会は神が共におられる教会であった。あらゆるものが劣悪な環境と状況にあっても、喜びがあり、賛美があり、交わりと奉仕の生活があった。そうすることで伝道の働きと教会の復興の働きがあった。神が共におられる教会となるにはどうすべきか?
1. 熱心に集まらなければならない。
[使徒行伝2:46] 「そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、」
(1) 集まる時に奇跡があり、礼拝があり、奉仕と祈りと交わりがある。
○ このような集まりを通して、キリストの愛の律法を成就することができた。
(2) 集まりを通して互いの信仰を導き、励まし合った。
○ 迫害と環境の困難の中でも美しい信仰生活を送った。
◎ 私たちもこのように熱心に集まる集会を持ちましょう。
2. 従順がなければならない。
[使徒行伝2:42] 「そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。」 (本文)
(1) 神の言葉への完全な従順が必要である。<ヨハネ福音書14:13>
「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。」(ヨハネ福音書16:24)
「3 兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。4 そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」 (使徒行伝6:3-4)
○ 主の言葉に従い、心を尽くして祈ることに努めた。
○ 死ぬなら死ぬという従順(エステル)、深い所へ行って網を下ろす従順(ペテロ)、イサクまでも捧げる従順(アブラハム)が求められる。
(2) 自分を捨て、自分の十字架を負い、主の足跡に従う従順がなければならない。
○ いかなる犠牲でも担える従順がなければならない。
「イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」 (マルコ福音書8:34)
3. 奉仕(献身)がなければならない。
[使徒行伝2:44-45] 「44 信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。45 そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。」
(1) 他人を自分より優れていると考える美しい生活を持つべきである。
「3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」(ピリピ書2:3-4)
(2) 主のために美しい奉仕の生活を持つべきである。
○ 互いに心を一つにし、物を共有し、主の教会のために献身すべきである。
◎ 私たちもこのような奉仕の生活を持とう。
4. 夢(信仰)を持つべきである。
[使徒行伝2:47] 「神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」
(1) 未来に向けた夢を持たなければならない。
「神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。」(使徒行伝2:17)
○ 神に向けた夢、教会に向けた夢、聖徒に向けた夢、隣人と国家と民族に向けた夢を持たなければならない。
(2) 主はこの地で弟子たちに天の国についての夢を植え付けられた。
「19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ福音書28:19-20)
◎ 私たちも信仰の夢を持ちましょう。
*** 本文は聖霊降臨後の初代教会の姿を示している。そして本文が今日の教会に与える教訓は明らかである。すなわち教会は心を一つにして礼拝と祈りに励み、喜びと純粋さをもって互いに交わらなければならない。また聖徒は世の中で良い信仰の模範となる生活を送らなければならない。その時こそ教会の復興は人ではなく神が成し遂げられるという事実を覚えていなければならない。
