病気の癒し
- エレミヤ書33:6-9 -
[インマヌエル 上巻.3-8]
[エレミヤ書33:6-9] 「6 見よ。わたしはこの町の傷をいやして直し、彼らをいやして彼らに平安と真実を豊かに示す。7 わたしはユダの捕われ人と、イスラエルの捕われ人を帰し、初めのように彼らを建て直す。8 わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。9 この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」
*** 「イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直された(マタイ福音書9:35)」、「イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直すためであった(マタイ福音書10:1)」。
1. 神は病人を癒された。(ルカ福音書18:27、出エジプト記15:26、エレミヤ書33:6)
(1) 旧約時代に行われた様々な癒しの出来事
① 病気で亡くなった未亡人の息子をエリヤが祈り、蘇らせた。(列王記上17:17-24)
② らい病にかかっていたアラムの王の将軍ナアマンはエリサのところに行き、癒された。(列王記下5:1-14)
③ 病気になって死にかかっていたヒゼキヤ王にイザヤが来て、癒された。(列王記下20:1-7)
(2) イエス・キリストが行われた様々な癒し
① 霊に取り憑かれた者をいやされた。(マタイ福音書4:24)
② てんかん患者をいやされた。(マタイ福音書4:24)
③ 中風の人をいやされた。(マタイ福音書4:24)
④ らい病人をいやされた。(マタイ福音書8:2)
⑤ 盲人をいやされた。(マタイ福音書11:5)
⑥ 足のきかない人をいやされた。(マタイ福音書11:5)
⑦ つんぼの人をいやされた。(マタイ福音書11:5)
⑧ 死人を生き返らせた。(マタイ福音書11:5)
2. 神は今日も癒しを行うのか。(エレミヤ書33:1-9)
(1) 神は自らおられ、御業を成し遂げる全能のお方である。(エレミヤ書33:2)
(2) イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じである。(ヘブライ書13:8)
(3) イエス・キリストは、世の終わりまで、いつも、私たちと共にいる。(マタイ福音書28:20)
3. 病気の原因は何か?
(1) 病気の根本原因は何か?
① 根本的に創世記3章の出来事に由来する。(創世記3:1-21、ローマ書3:23)
② 死や病気や人間の苦しみは罪の結果である。(ローマ書6:23)
③ ある病気は神の間接的な許しから来る。(Ⅱコリント12:7-10)
(2) 病気になる様々なケースが考えられる。
① 堕落(罪)の結果による病気がある。
② サタンの攻撃から来る病気がある。
③ 神の御心による病気がある。
④ 自然な環境による病気がある。
⑤ 人間の限界を超えた無理な行動による病気がある。
⑥ 肉体の生命の限界による病気がある。
4. 病気を癒すために教会がすべきことは何か?
(1) 病気の根本原因を解決すべきである。
① 創世記3章の出来事の解決は、イエス・キリストを受け入れ、救いを得ることである。(ヨハネ福音書1:12)
② 人間の罪と神の義について悟り、悔い改めさせるべきである。(マタイ福音書4:17)
③ 病気で苦しみを与えた神の御心を知り、神に栄光を帰すべきである。(Ⅱコリント12:7-10)
[コリント12:7-10] 「7 また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。... 10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」
(2) 病気にかかる様々な場合に対して、教会はどうすべきか。
① イエス・キリストを信じて受け入れ、永遠の命を得るべきである。(ヨハネ福音書3:16)
② 神の御言葉を教え、守らせるべきである。- 信仰と悔い改めにつながる。(マタイ福音書4:17, 28:20)
③ イエス・キリストの御名の権威を証しする。- 悪霊を追い出す。(ルカ福音書10:17, マルコ福音書16:17)
④ 長老たちを招いて病人に主の御名によつて油を注ぎ、祈る。(ヤコブ書5:14、マルコ福音書2:5)
⑤ 自然界で発見された薬と医学を使って治療するのは当然のことである。(Ⅰテモテ5:23、列王記下20:7)
⑥ 安息と平安の生活を送れるように互いに助け合うべきである。(ヨハネ福音書20:19)
*** 神は滅びたエルサレム城の傷をいやして直し、イスラエルの捕虜を帰還させた。このようなことは人の考えでは不可能なことだが、救い主である神には不可能なことではなかった。 また、これは神の完全な憐れみと恵みによるものであった。そして、回復されたイスラエルの地には豊かな平安と大きな喜びがあった。
神は新約の聖徒たちにも豊かな平安と大きな喜びの祝福を与えてくださった。主イエスは、世が与えるものとは異なる真の平安を与えてくださった(ヨハネ14:27)。使徒パウロは、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです(Ⅰテサロニケ5:16-18)」と言われた。